労働判例コラム⑥(大阪市交通局事件・大島産業事件・N商会事件)

労働判例コラム⑥(大阪市交通局事件・大島産業事件・N商会事件)

2020/04/23 労働判例

労働経済判例速報2019.11.20

ひげを生やしていたことを主たる理由とする人事考課を国賠法上違法と評価した一審判決が維持された例⇒大阪高裁令和元年9月6日判決〈大阪市交通局事件〉

第1 事案の概要

 被控訴人(第一審原告。以下、「X」という。)は、控訴人(第一審被告。大阪市。以下、「Y」という。)が設置する地方公営企業である大阪市交通局の職員として地下鉄運転の業務に従事していた。平成24年9月28日に交通局運輸部が制定した「職員の身だしなみ基準」(以下、「本件基準」という。)には、

「髭を伸ばさず綺麗に剃ること。(整えられた髭も不可)」

との記載があり、Xは、本件基準に従って髭を剃るよう再三指導を受けていたが、これに従わなかった。そして、平成25年度及び平成26年度の人事考課において、Xは本件基準に反して髭を生やしていたことを理由として低い評価がつけられた。

 そこで、Xは本来支給されるべき賞与との差額とともに、Yの上記のような対応は国家賠償法上違法であると主張して損害賠償等の支払いを求めて訴訟を提起したところ、第一審はXの請求のうち、賞与請求の部分はいずれも棄却しつつも、Yの対応は国家賠償法上違法であるとして損害賠償請求については慰謝料20万円と弁護士費用2万円等の限度で認容した。これに対して、Yが控訴した。

第2 主な争点

 主な争点は、①Xの賞与請求権に基づく勤勉手当差額請求権の有無、②本件基準制定の違法性、③上司による業務上の指導等の違法性、④本件各考課の違法性、⑤損害の有無・額である。

第3 裁判所の判断

1 ①について

 交通局の人事考課制度における相対評価は、同一職種・職位レベルで、同一の第2次評価者が評価した範囲を基本として確定された実施範囲内で、第2次評価における絶対評価点が高いものから順に、第1区分から第5区分に振り分けられるものであり、各区分の割合はあらかじめ決められている。したがって、Xについて髭を生やしていたことで減点されず、絶対評価で3点を付与されていたとしても、直ちに相対評価で第3区分にされていたとは認められない。よって、この点についてのXの主張は理由がない。

2 ②について

 本件基準は、職務上の命令として一切の髭を禁止し、又は、単に髭を生やしていることをもって人事上の不利益処分の対象としているものとまでは認められず、交通局の乗客サービスの理念を示し、職員の任意の協力を求める趣旨のものであること、一定の必要性及び合理性があることからすれば、本件身だしなみ基準の制定それ自体が違法であるとまでは言えない。

 Xは、髭を生やす自由は憲法13条に由来する自由であり、憲法上保証された権利の制約の問題として判断するべきであると主張する。確かに、髭を生やす自由は、個人が自己の外観をいかに表現するかという個人的自由に属する事柄ではある。しかし、労働者の髭に関する服務規律は、事業遂行上の必要性が認められ、かつ、その具体的な制限の内容が、労働者の利益や自由を過度に侵害しない合理的な内容の限度で拘束力を認めるべきものであるから、Xのこの点についての主張は認められない。

 また、Xは、㋐髭に対する制約が個人の私生活にも影響を及ぼすものである一方、髭を生やす行為による他人に対する客観的な被害は存在せず、制約の必要性は認められない、㋑本件基準は、髭を生やしていることをもって人事上の不利益処分の対象としている、㋒本件基準は、その記載や上司の言動からして、職員の任意の協力を求める趣旨のものとは言えないとして、その制定自体が違法である旨主張する。しかし、㋐については、髭を含めた身だしなみを整えることを内容とする服務規程を設けることには、一定の必要性・合理性が認められるというべきであり、髭に関する制約の必要性が認められないということはできない。㋑についても、本件基準は、単に髭を生やしていることをもって人事上の不利益処分の対象としているものではないため、Xの主張は認められない。さらに㋒についても、本件基準は、その制定過程から解釈すると、髭を全面的に禁止するものではなく、単に髭を生やしていることもって人事上の不利益処分の対象とするものではない。そのため、Xの上司の認識やそれに基づく言動の違法性を理由として本件基準の制定自体が違法となるわけではなく、この点についての主張も採用できない。

3 ③について(違法性認定)

 上司らの指導等のうち、E運輸長が、平成24年12月21日の面談の際にXに対して、人事上の処分や退職を余儀なくされることまでを示唆して髭を剃るよう求めたことについては、E運輸長が上位の地位にあることからすると、この発言が交通局の見解とは異なる本人の誤解に基づくものであったとしても、違法性がないとは評価できない。また、Xは実際に髭を剃ってはいないが、このような発言により、精神的圧迫や不安を感じたであろうことは優に認められる。もっとも、上記以外の上司の指導等については、髭を剃ることを強制したといった事情はないから、違法性は認められない。よって、上記E運輸長の発言のみ国賠法上違法となる。

4 ④について(違法性認定)

 本件各考課が、Xが髭を生やしていることを主たる減点評価の事情として考慮したものであり、その評価方法が、人事考課における使用者としての裁量権を逸脱濫用したものであるため、国賠法上違法となる。

 この点についてYは、Xにおいて様々な問題行動がありそれらと髭を生やしている事実を総合考慮して判断している旨主張するが、Yが主張するXの問題行動等は証拠上明らかではなかったり、減点評価をするほどのものではない。そのため、この点についてのYの主張は認められない。

5 ⑤について

 髭を体の一部と認識し、髭を生やすことで頑張ってきたXにおいて、本件各考課が適正・公正ではないこと、E運輸長の発言が精神的圧迫となることは明らかである。また、Xが実際に髭を剃っていないことは、Xの精神的損害を否定する根拠とはならない。

 もっとも、Xが主張するYの継続的・組織的ハラスメントの存在については、本件基準の制定自体が違法であるとは言えないこと、E運輸長の上記発言以外は、他の上司の指導等を含めても国賠法上違法を構成するような行為はないことからすると、認めることはできない。

 そのため、Xがうけた精神的苦痛に対する慰謝料として20万円、弁護士費用として2万円の損害が生じていると考えるのが相当である。

第4 結語

 以上より、XはYに対して、国賠法1条1項に基づき、上記損害の賠償を請求することができ、その限度でXの主張は理由があるから、原判決の判断は相当である。

〈参考裁判例〉

・東京地裁昭和55年12月15日判決〈労民31巻6号1202頁〉『イースタン・エアポートモータース事件』
⇒ハイヤー運転手が口ひげを生やすことが「ハイヤー乗務員勤務要領」中の身だしなみ規定たる「髭を剃り、頭髪はきれいに櫛をかける」との定めに違反するかについては、同規定で禁止された髭を「無精ひげ」とか「異様、奇異な髭」のみをさし、本件のように格別の不快感や反発感を生ぜしめない口ひげはそれに該当しないとした。

・福岡地裁小倉支部平成9年12月25日判決〈労判732号53頁〉『株式会社東谷山家事件』
⇒トラック運転手が茶髪を改めるようにとの命令に従わなかったためなされた解雇については、企業が労働者の髪の色・型、容姿、服装などについて制限する場合は、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な限度にとどまるよう特段の配慮を必要とされるとして、無効と判断した。

・東京地裁平成14年6月20日〈労判830号13頁〉『S社事件』
⇒性同一性障害者による別性容姿での就労に対しなされた懲戒解雇を無効とした。

暴行及び人格権侵害等を理由とする損害賠償責任を認めた一審判決が維持された例⇒福岡高裁平成31年3月26日判決〈大島産業事件〉

第1 事案の概要

 被控訴人(第一審原告。以下、「X」という。)は、平成24年3月頃に控訴人会社(第一審被告。以下、「Y会社」という。)との間で雇用契約を締結し、長距離トラック運転手として稼働していた。

 平成25年6月頃、Xは、配送の帰路に温泉によったために帰社が遅れたことがあり、これに腹を立てた控訴人C(第一審被告。以下、「C」という。元代表取締役であるが、退任後も事実上の代表取締役として対内的にも対外的にも代表権を有していた者)により、頭頂部及び前髪を刈られ、洗車用スポンジで頭部を洗髪され、最終的にXは丸刈りにされた。さらに、Xは下着姿にさせられたうえ、洗車用の高圧洗浄機を至近距離から噴射され、洗車用ブラシで身体を洗われた。その後もXは、下着姿で川に入るよう命令された上、ロケット花火による狙い撃ちや投石をされたり、数時間にわたる土下座をさせられている。また、Cのブログには、上記行為の記載および写真が掲載されるとともにXを侮辱するような記載もあり、同ブログは、不特定多数人が閲覧可能な状態であった。

 そこで、Xは、未払賃金等について、Y会社に対しては雇用契約に基づく支払いを求め、原審被告B(以下、「B」という。事件当時のYの代表取締役)及びCに対しては会社法429条1項又は民法709条に基づいて損害賠償を求めた。また、Y会社に対しては、労働基準法114条に基づく付加金等の支払いを求めた。さらに、パワハラについて、Cに対しては民法709条に基づき、Y会社に対しては、CがY会社の事実上の取締役であるとして、会社法350条1項の類推適用により、損害賠償を求めた。他方、Y会社は、Xが失踪していた時期について、運送業務を無断で放棄したことを理由として、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償を求めた。

 第一審は、未払賃金についてY会社に対する割増賃金等の請求を937万0829円の範囲で認容しつつ、この点に関するB及びCの責任については、両者に会社法429条1項の重大な過失又は民法709条の過失が認められないとして否定した。また、Y会社はXに対して時間外及び深夜割増賃金を一切払っておらず、労働基準法37条違反の程度が大きいとして、Y会社に対して付加金494万8855円の支払いを命じた。パワハラについてはCの不法行為を認定し、会社法350条1項の類推適用によりY会社の責任も認め、連帯して110万円の支払いを求める限度で理由があるとした。また、Yからの請求については、6万円余の範囲でXの責任を認めた。

第2 主な争点

 上記第一審の判断に対して、Yは、①割増賃金の算定方法、および②パワハラの存在、③Xの失踪によりYが負った損害について争っており、この点が主な争点となる。

第3 裁判所の判断

1 Cの地位について

 まず、Cは、Y会社の元代表取締役であり、退任後の役割や周囲からの扱われ方等からすると、代表取締役退任後も、取締役に匹敵ないしこれを上回る権限を有しており、対内的・対外的に代表権を有するものと認識されていた。そのため、Cは、Y会社の事実上の取締役に当たる。

2 ①について

 Yらは、XとY会社は就業規則とは異なる労働条件の合意がある旨主張する。

 しかし、給与明細や給与明細別紙、求人広告にはいずれも日給であることを示す記載があることに加え、上記の合意をしたことを示す書面がないことからすると、就業規則と異なる労働条件についての合意があったとは認められない。さらに、上記合意が就業規則の定める労働条件に達しないものである場合、当該合意は無効とされるが(労働契約法7条、12条)、深夜の時間帯を中心として長距離運送業務に従事するXの勤務形態に照らせば、上記合意が就業規則よりもXにとって有利な条件であることを認めるに足りる証拠はない。そのため、仮に上記合意があったとしても、上記就業規則の最低基準効に反し無効であるといわざるを得ず、XにはY会社の就業規則が適用される。

3 ②について

 Yらは、本件ブログの記事は、作成者により脚色された可能性が十分あること、ロケット花火での狙い撃ち及び投石は、偶発的突発的に生じたものであり、土下座もXが偶発的自発的にしたものである主張するが、いずれも採用できない。また、Yは、高圧洗浄機は型式が古く、至近距離で噴射されたとしても、身体に危険を生じさせるものではなかったと主張するが、仮に身体に危険を生じさせなかったとしても、これがXに対する暴行に当たることは明らかであり、Xの人格を侵害する行為であることに変わりはない。そのため、パワハラは認められる。

4 ③について

 YらはXが失踪したために、Y会社は減便を余儀なくされ、その損害との間には相当因果関係がある旨主張するが、Yらの主張する損害が発生したことを認めるに足りる証拠がないことや、仮に減便を強いられたとしても、これがすべてXの失踪によるものと認めるに足りる証拠がない以上、Yらの主張は採用できない。

第4 結語

 以上より、原審の判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから棄却する。

労働経済判例速報2019.11.30

セクハラに対する会社の対応につき債務不履行責任を否定した事例⇒東京地裁平成31年4月19日判決〈N商会事件〉

第1 事案の概要

 被告(以下、「Y」という。)の従業員であった原告(以下、「X」という。)が、同じくYの従業員であったCからセクハラに当たる行為を受けたところ、Yがこれに関する事実関係の調査をせず、安全配慮義務ないし職場環境配慮義務を怠ったこと等により精神的苦痛を被ったなどとして債務不履行に基づく損害賠償を求めた。

第2 主な争点

 主な争点としては、Yに責任原因が認められるかという点が問題となった。その中で、①Yに本件セクハラ行為についての調査義務違反があるか、②Yに職場環境配慮義務ないし安全配慮義務としてCに懲戒処分を行うべき義務の違反があるか、③Yに職場環境配慮義務ないし安全配慮義務として配置転換等をとるべき注意義務違反があるかが特に問題となった。

第3 裁判所の判断

1 Cのセクハラ行為の態様

 まず、前提として、CのXに対するセクハラ行為の態様としては、CがXに対して好意を持っており、交際を求める内容のメールを送ったのに対して、Xが反応をしなかったこともあり、その後も複数回日々の何でもない出来事に関するメールを送信したり、駅で旅行のお土産を渡すなどした行為が認められる。なお、Xは、Cと交際するつもりはなく、Cからのメールを無視するようになり、上司から交際を断るように助言された後も、特段そのようなメールを送ることはなかった。

2 ①について

 本件でYは、Xから相談を受けた後、Cに対して事実関係を確認し、事実認識について聴取するとともに、問題となっている送信メールについてもCに任意に示させて、その内容を確認するといった対応をとっている。そのため、Yにおいて、事案に応じた事実確認を施していると評価することができ、債務不履行責任を問われるべき調査義務違反があったとは言えない。また、本件は、プライバシーにかかわる事柄であることに鑑みて、従業員全員に聴取を行うことまで必要になるとは考え難いため、これを必要とするXの主張は採用できない。よって、Yに上記調査義務違反はない。

3 ②について

 Cによる本件行為は、上記の範囲にとどまるものであるのに対し、Yは、Cに対して、そのような行為がXに不快の情を抱かせている旨説示して注意し、メール送信等もしないように口頭で注意している。その際、Yは、Cから既にメール送信を行っていない旨の申し出を受け、同事実についてメール履歴からも確認している。また、XもひとまずCの謝罪に対して了としていることからすると、Yが、Cに対して厳重注意にとどめ懲戒処分としないという判断をしたとしてもその判断が不合理とまでは言えない。

 したがって、YがXに対してCを懲戒処分とする注意義務を負っていたとまでは言えない。

 なお、Xは、Cの行為がストーカー規制法所定のストーカー行為に該当する旨主張するが、そこまでの事実は認めがたい。

4 ③について

 CがXに対して行っていた行為が、上記の範囲にとどまるものであったこと、そのような行為であっても、Xに不快の情を与えるとして厳重注意を受けていたこと、CがXに対して謝罪しXもこれをひとまず許しており、それ以降はXに不快の情を抱かせる具体的な行為は認められないこと、さらには、Yには本社建物しか事業所が存在せず、配転することはそもそも困難であったうえ、CとXの接触の機会自体もともと乏しかったにもかかわらず、YはXがさらに接触機会を減少させるような方策をとることを許容していた。

 これらの事情からすると、Yは、事案の内容や状況に応じ、合理的範囲における措置を適宜とっていたと認めることはできるため、配置転換等の措置をとるべき注意義務に違反しているとは言えない。

第4 結語

 以上より、Yには、Xが主張するような注意義務違反はなく、YがXに対して債務不履行責任を負うということはできないのであるから、これに反するXの主張は認められない。

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