労働判例コラム⑧(富国生命保険事件、ジャパンレンタカー事件、三村運送事件)

労働判例コラム⑧(富国生命保険事件、ジャパンレンタカー事件、三村運送事件)

2020/05/18 労働判例

労働経済判例速報 2019年12月10日号

【総合職加算及び勤務手当が法内残業の対価であると認められた例】・仙台地裁平成31年3月28日判決〈富国生命保険事件〉

第1 事案の概要

 原告(以下、「Ⅹ」という。)は、生命保険業等を営む被告(以下「Y」という。)の総合職として平成27年4月1日から平成29年5月24日まで就労していた。Yにおいて就業時間としては、午前9時から昼休憩の1時間を挟んで午後5時までと規定されていた。Xは、Yから、総合職加算及び勤務手当を支給されていたが、Yの給与規定上は、「支給対象者は、法内残業時間に対する時間外勤務手当の支給対象外とする。」と規定されていた。

 Yは平成29年7月6日、Xに対する割増賃金の支払いに関して、青森労働基準監督署の調査を受けた。同署は、Yに対し、Xに対する割増賃金の支払いに関して、平成29年8月10付けで是正勧告を行い、これを受けてYは、Xに対して同年9月8日、未払い割増賃金として11万6387円を支払った。

 Xは、さらに、Yに対して、在職中に時間外労働をしたとして、賃金請求権に基づく割増賃金(262万2974円)及びこれに対する遅延損害金(賃金の支払いの確保等に関する法律(以下、「賃確法」という。)6条1項)の支払いを求めるとともに、上記割増賃金の不払いについて労働基準法114条に基づく付加金(254万8470円)及びこれに対する遅延損害金を求めて訴えを提起した。

第2 主な争点

 ①Xの実労働時間数及び②Xの総合職加算及び勤務手当が基礎賃金に含まれるかである。

第3 裁判所の判断

1 ①Xの実労働時間

⑴ 始業時刻

 Xの始業時刻は、Yの内務職員就業規則で定められた午前9時である。

 この点について、Xは、人事システムに勤務実績の入力(以下、「打刻」という。)をした時間が始業時間である旨主張するが、当該打刻時間は、Xが出勤して人事システムに打刻した時刻にすぎず、同時刻にXが出社していたことは推認されるものの、当然には、同時刻からYの指揮命令下で就労していたことまで推認できるわけではない。確かに、上記のように、Xが始業時刻前に出社し、始業時刻前に業務の準備行為だけでなく、業務そのものを遂行していた日があったことは推測されるが、それがYに命じられたり義務付けられたりしていたと認めるに足りる証拠はない以上、そのような事実があったとしても、その時間をYの指揮命令下での労働時間と認めることはできない。

⑵ 終業時刻

 まず、人事システムに終業時刻を打刻した日については、その打刻した時刻をもって終業時刻と認めるのが相当である。

 次に、人事システムに終業時刻を打刻する時刻と、使用していたパソコンをログオフして退社する時刻は近接しているのが通常であるから、Xが人事システムに終業時刻を打刻しなかった日のうち、ログオフ時刻の記録が残っている日については、ログオフ時刻をもって終業時刻と認めるのが相当である。

 また、ログオフ記録が残っていない日について、Xは、残業が午後10時を超える場合にはYから終業時刻の打刻をしないよう指示されていたとして、打刻忘れの日の終業時刻は早くても午後10時であると主張するが、Yからそのような指示があったことを裏付ける証拠はないし、打刻忘れの日であっても午後10時前にログオフされている日も複数あることからすると、Xの主張は信用性を欠く。そこで、証拠等から判断すると、Xが所定就業時刻である午後5時頃に退社することはほとんどなく、ほぼ毎日残業をしていたこと、打刻忘れの日のうち、ログオフ記録が残っている日のログオフ時刻の平均時刻は午後9時30分であることから、ログオフ記録が残っていない日の終業時刻については、午後9時30分と認めるのが相当である。

 平成27年10月13日から同月16日までの期間は、Xは、総合新入職員研修に参加しており、残業していたという事情は認められないから、この期間の終業時刻は午後5時である。

 さらに、Xは、平成28年11月5日及び同月12日について、終業時刻を第三者に打刻された旨主張するが、そのような証拠は認められないため、打刻時刻である午後3時が終業時刻である。

⑶ 休憩時間

 Xは、業務量が多かったために、昼休憩を満足に取れなかった旨主張する。

 しかし、Yでは、総合職を含む従業員は、午前11時30分から1時間休憩する早番と、午後12時30分から1時間休憩する遅番とに分かれて昼休憩をとっていたと認められるところ、Xの業務内容に照らしても、上記のいずれの時間にも休憩をとれないほどの業務量を抱えていたとは認められない。

 したがって、Xは、平成27年5月1日から平成28年11月12日までの間、毎日1時間の昼休憩をとっていたと認めるのが相当である。

⑷ 非労働時間

 非労働時間とは、昼休憩以外に私用等で業務から離れた時間をさし、人事システムに入力することとされていたものであるが、Xは、非労働時間について、何者かに入力された可能性があり、またX自ら入力した場合についても、上司に命令されて入力しており実態を伴わないと主張する。

 しかしながら、人事システムに各従業員が「非労働時間」を入力するには、各従業員が管理している個人パスワードが必要であることから、当該従業員以外の第三者が勝手に「非労働時間」を入力したりこれを事後的に改ざんしたりするのは困難であるし、そのようなことがなされたとする証拠はない。また、Xは、平成28年5月28日以降、ばらばらの時間を「非労働時間」として申告していることからすると、Xが毎日その日の「非労働時間」を自主的に申告していたことがうかがわれ、かつ上司に命令されていたと認めるに足りる証拠もない。

 他方で、Yは、打刻忘れの日のうちログオフ時刻が所定終業時刻を60分以上過ぎていた日については、「非労働時間」が少なくとも30分はあったとみなすのが相当と主張するが、必ずしもそのように推認することはできない上、これを裏付ける証拠もないことから、Yの上記主張は採用できない。

 そうすると、Xの「非労働時間」は、X自ら人事システムに入力した「実労働時間」の「休憩時間」記載欄の時間から昼休憩分の1時間を控除した時間と認めるのが相当である。

2 ②総合職加算と勤務手当

 Xは、総合職加算及び勤務手当を基礎賃金に含めるべきと主張する。

 しかしながら、Yの内務職員給与規定においては、その両方について、支給対象者は法内残業時間に対する時間外勤務手当の支給対象外と定められていることに照らすと、総合職加算も勤務手当も、法内残業時間に対する時間外勤務手当としての性質を有していると解するのが相当である。

 この点について、Xは、法内残業が恒常化している者の場合には、総合職加算の額も勤務手当の額も法所定の残業代に満たないから、これらを法内残業手当とみることはできない旨主張する。

 しかし、所定労働時間を超えていても、法定労働時間を超えていない法内残業に対する手当については、労働基準法37条の規制は及ばないうえ、所定労働時間内の労働に対する対価と所定労働時間外の労働に対する対価を常に同一にしなければならない理由はない。そのため、生産の便宜等のために残業時間にかかわらず法内残業手当の額を固定した結果、法内残業をした日の多寡によっては法内残業に対する時間当たりの対価が、所定労働時間内の労働に対する時間当たりの対価を下回る結果となったとしても、それだけで直ちに違法ということはできない。

第4 結語

 以上からすると、法内残業分については、総合職加算及び勤務手当によって支払い済みであるから、YのXに対する未払い割増賃金額は17万0063円である。そして、Yが本件訴訟において未払割増賃金の存否を争っていることは明らかであり、その理由にも一応の合理性は認められるから、賃確法6条1項の適用はなく(同法6条2項、同法施行規則6条4号)、遅延損害金の利率は商事法定利率年6分である。さらに、Yによる割増賃金の未払いは違法ではあるが、YとしてはYが相当と考えていた額を毎月支払っており、労働金監督署から是正勧告を受けた後も速やかに同勧告に従った割増賃金を支払っていることから、Yに付加金の支払いを命じることは相当ではない。

 よって、Xの請求のうち、17万0063円及びこれに対する平成29年6月21日(退職後に到来した賃金の支払い期日の翌日)から支払い済みまで年6分の割合による遅延損害金については理由がある。

【参考法令】

・賃金の支払いの確保等に関する法律6条

1 事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部又は一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあっては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年14.6パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。

2 前項の規定は、賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合には、その事由の存する期間について適用しない。

・賃金の支払いの確保等に関する法律施行規則6条4号

 支払が遅滞している賃金の全部又は一部の存否に係る事項に関し、合理的な理由により、裁判所又は労働委員会で争っていること。

労働経済判例速報2019.12.20・30

【アルバイトに対する配転命令が勤務地限定の合意又は権利濫用により無効とされた例】・津地裁平成31年4月12日判決〈ジャパンレンタカー事件〉

第1 事案の概要

 原告(以下、「X」という。)は、被告会社(以下、「Y1」という。)との間で反復継続して労働契約を更新してきており、Y1の鈴鹿店で勤務してきたが、雇止めがされたことから、この雇止めが合理的な理由を欠き社会通念上相当であるとは言えないとして、労働者の地位確認及びそれに伴う賃金の支払いを求めるとともに、Y1には社会保険の加入手続きをとっていなかった不法行為責任があるとしてそれに基づく損害の支払い等を求めて訴えを提起したところ、前者については認容、後者については、不法行為責任はその一部が時効により消滅しているため一部認容と判断され、同判決は平成29年6月3日確定した。これを受けて、Y1は、Xに対し、同月26日付で就業場所を御園店とする配転命令を出した。

 本件は、Xが、上記配転命令が無効であると主張して、Y1に対し、御園店において勤労する労働上の義務がないことの確認を求めるとともに、Y1が社会保険の加入手続きをとっていなかったことが債務不履行に当たるとしてY1に対しては債務不履行に基づき、Y1の代表取締役Y2に対して会社法429条1項に基づき連帯して75万8746円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める事案である。

第2 主な争点

 ①訴え提起の信義則違反の有無、②本件配転命令の有効性、③社会保険未加入による損害賠償請求権の有無、④Y2の会社法429条1項の責任の有無である。

第3 裁判所の判断

1 訴え提起の信義則違反

 Y1は、前訴の損害賠償請求と本件損害賠償請求は、訴訟物こそ違うものの、同一の事実を請求の原因とし、同一の損害を請求しようとするものであるから、本訴は前訴の蒸し返しである旨主張する。

 しかし、本訴でXが主張する損害は、前訴においても損害として認定されたものの一部であり、前訴が不法行為に基づくものであったために3年の消滅時効にかかるとの判断がなされたに過ぎない。そのため、Y1において、債務不履行構成によってはXから請求されることはないとの信頼が形成されたとは言えないし、そう信頼することに正当性もないから、Xが、前訴損害賠償請求と同一の事実ないし損害である本件損害賠償請求を債務不履行構成によってしたからと言って信義則に反するものではない。

2 ②本件配転命令の有効性

⑴ 勤務地を限定する合意Y1においては、就業規則上、アルバイトに配転を命じる旨の規定は存在するが、基本的には通いやすい場所を選んで、具体的な店舗に勤務するという運用がされており、他の店舗での勤務については、近隣店舗に応援するのみであるとされていること、正社員についてさえも、通勤圏内の異動の可能性があるにとどまるとされていたこと、Xは、一時津店にて勤務したほかは、専ら鈴鹿店で勤務してきていること、Y1とXとの雇用契約書では、勤務地について当初、「鈴鹿店」とだけ限定した記載がなされていたが、その後「ジャパンレンタカー鈴鹿店及び近隣店舗」ないし「鈴鹿店及び当社が指定する場所」と記載が変更されているが、このことについて、Y1からXへの説明がなされていないことからすると、Xにおいて過去に異動があったとはいえ、Y1とXとの間では、Xの勤務地が必ずしも鈴鹿店のみに限定されていないとしても、少なくとも鈴鹿店又は津店などの近隣店舗に限定する旨の合意があったものと解するのが相当である。 

⑵ 権利濫用について

 仮に、上記のような合意が成立していなかったとしても、Y1には、Xの勤務先が鈴鹿店又は近隣店舗に限定するようにできるだけ配慮すべき信義則上の義務があるというべきである。そのため、本件配転命令が特段の事情のある場合に当たるとして、権利濫用になるかどうかを判断するにあたっても、この趣旨は十分に考慮すべきである。

 この点について、Y1は、御園店における恒常的な人員不足、Xの勤務態度などから業務上の必要性があった旨主張する。しかし、人員不足について、アルバイトにすぎないXを配転しなければならないほどの事情は認められないし、Xの勤務態度に問題があったとしてもY1による指導等がなされていないことからすると、会社として改善の機会を一切与えずXの異動をもって対処するというのは上記趣旨に反することを正当化する事情にはならない。

 また、Y1は、Xの通勤に要する時間が1時間余りであり、通勤に著しい不利益を与えるほどの遠距離ではない旨主張するが、長時間の通勤であることは否めず、Xは本件配転命令により不利益を負うということができる。

⑶ 小括

 以上より、XとY1との間には、上記のような合意があり、これに反する本件配転命令は無効である。また、そのような合意が仮になかったとしても、本件配転命令は権利濫用というべきであるから無効である。

3 ③社会保険未加入による損害賠償

⑴ 債務不履行

 Y1の事業所が適用事業所であり(健康保険法3条3項、厚生年金保険法6条1項)、Y1には、Xが健康保険及び厚生年金の資格を取得したことを届け出て、健康保険料及び厚生年金保険料を納付すべき義務があったが、Xがこれを行っていた。

 Y1には、雇用契約上の付随義務として、これらの義務があるというべきであるから、これを怠ったことは、債務不履行に当たるというべきである。

⑵ 損害

 Xは、健康保険料として合計120万2164円を納付しているから、その2分の1である60万108円が本来Y1が負担すべきものであったといえ(健康保険法161条1項、2項)、同金額が、Xの損害となるが、Y1は既に30万4827円をXに対して補填しているから、この点に関するXの損害は、29万6255円である。

 また、Xは、平成19年7月から平成25年1月分の国民年金保険料の半額の支払いを求めているところ、同期間の国民年金保険料として、Xは、89万5599円を納付している。そして、Y1が負担すべきであった同金額の半額(44万7799円)が厚生年金保険に関する損害となるが、Y1はすでに5万5308円をXに対して補填しているから、この点に関するXの損害は、39万2491円となる。

 上記合計額は、68万8746円であるところ、Y1の債務不履行と相当因果関係のある弁護士費用は、7万円とするのが相当である。

 以上より、損害額は、75万8746円である。

4 ④Y2の会社法429条1項責任

 Y2に悪意又は重大な過失があったと認めるに足りる証拠はないため、この点に関するXの主張は理由がない。

第4 結語

 よって、XがY1に対し、Xが御園店において勤労する労働契約上の義務がないことの確認を求めること、75万8746円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めることは理由があるが、Y2に対する請求については理由がない。

【参考判例】

 ・最高裁昭和61年7月4日判決(民集148号281頁。「東亜ペイント事件」)
  配置転換命令の有効性に関するリーディングケース

労働経済判例速報2020.1.10

【トラック運転手のサービスエリア等滞在時間が労働時間にあたらないとされた例】・東京地裁令和元年5月31日判決〈三村運送事件〉

第1 事案の概要

 原告ら(以下、「X」という。)は、被告(以下、「Y」という。)の従業員としてトラックの運転業務に従事する者である。Xは、平成26年7月16日から平成28年8月15日までの期間について、未払い時間外割増賃金等の支払いを求めて訴えを提起した。

第2 主な争点

 労働時間について、①Xが長距離運行に際して高速道路上に設置されているサービスエリア及びパーキングエリア(以下、「SA等」という。)並びにトラックステーション(主にトラック運転手向けに食事、休憩、仮眠、入浴等のサービスを提供する施設)、ホテル等の宿泊・休憩施設(以下、これらの施設をまとめて「休憩施設等」という。)に滞在している時間(以下、「休憩施設等滞在時間」という。)が労基法上の労働時間に該当するか否か、②付加金請求の可否及び数額である。

第3 裁判所の判断

1 ①休憩施設等滞在時間の労働時間該当性

⑴ 判断枠組み

 労基法32条の労働時間に該当するか否かは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かによって客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則等の定めいかんにより決定されるものではなく、労働者が実作業に従事していない時間であっても、労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれていたものとして、労働時間に当たるものと解するのが相当である(参考判例①②)。

⑵ 休憩施設等滞在時間の労働時間該当性

ア まず、Xは、その業務内容が顧客の荷物を預かって目的地までの輸送・搬入であること、輸送中に積載貨物を盗難被害等に遭う可能性があり、その場合には運転手が責任を問われる恐れもあること、積載貨物は高価な精密機械であることなどの観点から、その積載貨物を常時監視しなければならない職務上の義務がある旨主張する。

 確かに、就業規則上トラック運転手の服務心得として受託貨物は細心の注意を払って大切に取り扱うことが定められているが、この規定から直ちにトラック運転手が積載貨物を常時監視する義務を生じさせるものと解することはできないし、その他労働協約や就業規則等を見ても、労働契約上Xの積載貨物を常時監視することを義務付けるような規定等の存在は認められない。また、YがXに対してトラックから離れずに積載貨物を監視するように指示したことはなく、その他にトラック運転手に対する明示的な積載貨物の常時監視義務を認めるに足りる事情はない。

 さらに、積載貨物は主に約350キログラムから約500キログラムの重量を有する精密機械であるところ、このような積載貨物については、当該貨物のみを窃取するという形態の盗難の可能性は高いとみることはできないし、有害・危険な毒劇物等の貨物などとは異なり、その貨物の性質上からして常時監視が必要となるような性格のものでもない。加えて、積載貨物には保険が掛けられていること、車両の構造に鑑みれば運転手が適切にエンジンキーを管理している限り盗難の恐れは低いこと、エンジンキーを適切に管理していたにもかかわらず盗難が発生した場合に当該運転手に対して制裁を科すような内部規定も見当たらないことからすれば、積載貨物の価額や盗難の可能性等を起点としてこれによってXに積載貨物を常時監視することが義務付けられていると解することはできない。

 そして、Xは、休憩施設等において、車内で、睡眠をとったり、飲酒したり、テレビを見たり、トラックを駐車した上でそこから離れて飲食物を購入したり、入浴したり、食事をとったりするなどして過ごしており、ホテル滞在時においても、トラックの確認は一日2回程度にとどまり、その他の時間は自由に過ごしていたのであるから、そもそも積載貨物を常時監視していたとは認めがたい。さらに、Yはこれらの行動を特に規制するような指示はしておらず、トラック運転手の裁量にゆだねていたことからすれば、休憩施設等滞在時間は、Xにおいて業務から解放されて自由に利用できる状態に置かれていた時間であるということができる。

イ 次にXは、長距離運転中、SA等において、㋐取引先等からの問い合わせに対する対応、㋑運転手間の荷物の受け渡しや積替え等の作業等の業務に従事したり、㋒㋑の作業のために待機したりしているとしたうえで、休憩施設等滞在時間は労働時間に該当する旨主張し、㋓積載貨物の状況確認、㋔積載貨物の固定作業、㋕運行日報の作成、㋖除雪に伴う車両移動、㋗車両の点検作業、㋘目的地までの経路等の確認等の作業を行うと供述する。

 しかし、㋐・㋖については、恒常的に生じていたとは認めがたく、停車するSA等の場所と出入り時間等を記入する㋕に時間がかかるとは言えない。また、㋘についても、本店営業所を出発する前に運行指示書によって経由地等の具体的な指示を受けていることからすると、時間をかけて経路を確認するという言うことも考えにくい。さらに、運航日報をみても、XがSA等の滞在時間において恒常的に上記作業に一定時間従事したということをうかがわせる記載はなく、そのことを認めるに足りる証拠はほかにない。

 仮にXが上記作業を行うことがあったとしても、恒常的に行っていたとは認められないことに鑑みると、業務から解放されて自由に利用できる状態に置かれた時間と上記作業の時間とを峻別することができていない。

 したがって、この点に関するXの供述を採用することはできず、Xの主張は失当である。

⑶ 以上より、Xが長距離運行中休憩施設等に滞在する間、労働からの解放が保障されており、労働者は使用者の指揮命令下に置かれていたとは言えないから、休憩施設等滞在時間は労働時間に該当しない。

2 ②付加金請求の可否・数額

⑴ 判断枠組み

 労基法114条は、労働者の請求により、労基法37条等の規定に違反した使用者に対してこれらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金の他、裁判所がこれと同一額の付加金の支払いを命ずることができるものと定めている。これは、労働者保護の観点から、上記の割増賃金等の支払い義務を履行しない使用者に対し、一種の制裁として経済的な不利益を課すこととし、その支払義務の履行を促すことにより上記各規程の実効性を高めるとともに、使用者による上記の割増賃金等の支払い義務の不履行によって労働者に生じる損害を填補する趣旨に基づくものである(参考判例③)。

 そうすると、付加金の支払いを命ずるべきか否か及び命ずるとした場合の金額を決定するにあたっては、使用者による労基法違反に至る経緯、その違反の内容や程度、労働者の不利益の内容や程度等の諸般の事情を総合的に考慮すべきであると解される。

⑵ 検討

 本件における割増賃金等の未払いの原因としてYの労務管理につき問題があったことは否定しがたい。しかし、Yは、約66%から99%に相当する時間外労働等に係る割増賃金を支払っていたこと、本件請求のうち認容額に相当する割増賃金支払い義務の存在を自認し、Xに対し、その自認額原本と同額またはそれ以上の金額を支払う用意があることを明らかにするなど、割増賃金未払を解消する姿勢を見せていたものであり、Yに対して割増賃金及びこれに対する遅延損害金とは別途、さらに付加金の支払いを命じる必要性が高いとは言えない。

 よって、XのYに対する付加金の請求は理由がない。

第4 結語

 以上より、休憩施設等滞在時間は労働時間には含まれず、Yに付加金の支払いを命じる必要性はないから、これを前提としたXの主張は認められない。

〈参考判例〉

【労働時間における不活動時間について】

①最高裁平成12年3月9日判決(民集54巻3号801頁。『三菱重工業長崎造船所事件』)
②最高裁平成14年2月28日判決(民集56巻2号361頁。『大星ビル管理事件』)


【付加金について】

③最高裁平成27年5月19日決定(判例タイムズ1416号61頁)

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