労働経済判例速報 2020年11月30日号
【時間外労働時間数の増加を認定しつつも業務起因性を否定した例】⇒東京地裁平成31年4月15日判決〈大田労基署長事件〉
第1 事案の概要
原告(以下、「X」という。)は、介護事業等を営む株式会社(以下、「C」という。)の従業員であったが、業務上の事由によりうつ病を発症したとして、所轄の大田労働基準監督署長に対して労災保険法の規定に基づく療養補償給付及び休業補償給付の請求をした。
しかし、同労基署は、Xの精神障害について、「業務によって増悪したものとは認められず、自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められるような「特別な出来事」は確認できない」として、不支給とした。この不支給処分について、Xは、審査請求及び再審査請求をしたが、いずれも棄却された。
そこで、Xは、上記処分は違法であるとして、その取り消しを求める本件訴訟を提起した。
第2 主な争点
本件における主な争点は、①Cに入社する前からXについて発病していた精神障害に係る発病の時期がいつか及び当該精神障害が「ICD-10 精神および行動の障害 臨床記述と診断ガイドライン」の「F32 うつ病エピソード」(以下、単に「うつ病エピソード」という。)に当たるかどうか、及び②平成26年5月27日当時のXの精神障害とXが従事していたCの業務との間に相当因果関係が認められるかどうかである。
なお、裁判所は、Xの業務による強い心理的負荷があったとの主張について、③本件業務の心理的負荷の強度による相当因果関係が認められるかについても判断している。
第3 裁判所の判断
1 前提としての判断枠組み
⑴ 労災保険法の規定に基づく保険給付は、業務上の疾病等に対して行われるものである(労災保険法7条1項1号)ところ、労働者の疾病等が業務上のものであると認められるためには、当該疾病等と当該業務との間に相当因果関係のあることが必要であると解される(参考判例①)。
そして、労災保険法に基づく保険制度がいわゆる危険責任の法理に基づき、使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係が認められるためには、当該疾病等の結果が当該業務に内在する危険が現実化したものであると認められることが必要であると解される(参考判例②③)。
⑵ 今日の精神障害の成因に関する精神医学上の知見としても最も有力な考え方である「ストレス-脆弱性理論」(参考①)と労災保険法に基づく保険制度の趣旨からすると、業務に内在する危険の有無は、当該労働者と同種の平均的な労働者を基準に判断されるべきであって、当該労働者が置かれた具体的状況における心理的負荷が、平均的な労働者にとって、客観的に精神障害を発病させるに足りる程度のものである場合には、当該精神障害の発病の結果は業務に内在する危険が現実化したものであると認められ、当該業務と当該精神障害の発病との間の相当因果関係が認められるものというべきである。
また、平成23年12月26日付都道府県労働局長宛て厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の別添「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下、「認定基準」。参考②)は、医学的知見と臨床上の経験を前提に、「ストレス-脆弱性理論」に依拠し、それまでの認定例や裁判例を参考にするなどして厚生労働省により策定されたものである。そうすると、認定基準は、その性質上裁判所による違法性の判断を直接拘束するものではないものの、その作成の経緯や内容等に照らして相応の合理性を有しているものというべきであるから、上記の相当因果関係の有無の判断に当たっては、基本的には認定基準を踏まえつつ、当該労働者に関する精神障害の発病に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌するのが相当である。
2 ①について
⑴ まず、Cに入社する前からXに発病していた精神障害の発病の時期について、L医師の意見書には、Xの精神障害の発病時期が平成18年12月頃である旨の意見が述べられていることから、Xは同月頃に上記精神障害を発病していたと認めるのが相当である。
⑵ また、Cに入社後のXは、時期によって感情の起伏が激しい面が見られるほか、仕事やそれ以外の活動に積極的になるなどの活動性の高まりや金銭の乱費がみとめられる。このような症状は、うつ病エピソードで通常みられるものではなく、躁状態に見られるものである。もっとも、Xにはうつ病の症状も見られる。うつ病の症状がみられる一方で躁病の症状も見られる精神障害については双極性感情障害であると認めるのが相当である。
⑶ よって、Xは平成18年12月頃に双極性感情障害を発病していたと認められる。
3 ②について
⑴ まず、XはCに入社した平成25年10月の時点において、認定基準第5にいう「治療が必要な状態」にはなかったものである旨主張しているが、Xの治療経過等を見ると、Cに入社する直前のXについては、明白な気分の障害がない状態が数か月間続いているとは認めることができず、Cに入社した時点において寛解していたとか、その症状が安定した状態であったとかいうことはできない。そのため、Xの上記主張は認められない。
⑵ 次に、Xは、Cに入社後、躁状態から混合状態を経て遅くとも平成26年8月頃にはうつ状態に至っているが、これは双極性感情障害において通常みられるものにとどまるとみる余地があるから、これをもってXの双極性感情障害が医学的に自然経過を超えて著しく悪化したものとまでは認められない。
この点につき、平成26年3月から同年5月にかけて急速に悪化したとの記載のある意見書もあるが、その根拠として挙げられている眼瞼下垂や睡眠障害、頭痛、疲労感等の症状は、平成22年以降受診した各医療機関においてたびたび同種の症状を訴えており、上記意見書の記載をもってしても、過去に見られたXのこれらの症状の重症度が変化したものとは認めることはできない。
⑶ したがって、平成26年5月27日当時のXの精神障害とXが従事していたCの業務との間に相当因果関係を認めることはできない。
4 ③について
⑴ もっとも、Xには、業務による強い心理的負荷が認められるとして精神障害とCの業務との間に相当因果関係が認められると主張するので、以下、念のため、Xの双極性感情障害が、Xが介護職員としての業務もすることとなった平成26年3月17日以降に悪化したものと仮定した上で、Xの業務による心理的負荷の強度を踏まえて上記相当因果関係が認められるかを検討する。
⑵ア Xは、平成26年1月に開所するグループホーム(以下、「GH」という。)の所長管理者として採用されているが、これが、「新規事業の担当になった、会社の建て直しの担当になった」に該当し、心理的負荷の強度が「強」である旨主張する。
しかし、CにとってGHが新規のプロジェクトの研究開発や会社の建て直し等に相当するような新規事業ではないし、施設自体の規模からも、Cの経営に大きな影響を与えるものでもなかった。Xのこれまでの介護施設の管理者としての経験等の経歴からすると、GHでの業務がXにとって特に困難な業務であったとまでは言い難い。
これらの事情等からすると、X主張の項目に仮に該当するとしても、その心理的負荷の強度は「中」ないし「弱」程度にとどまる。
イ 次に、Xは、Cから課されていた売り上げを上げるというノルマを達成することができなかったことが心理的負荷の強度として「中」に当たると主張する。しかし、そのようなノルマが課されたという事実を認定することができないため、仮に、「達成困難なノルマが課された」及び「ノルマが達成できなかった」に該当するとしても、「弱」にとどまる。
ウ さらに、Xは、Cが法令上必要な介護職員の数を満たしていないことが明らかであったにも関わらず、実態と異なり、法令に違反する内容を記載した届出を行ったため、Xも介護職員として長時間労働に従事せざるを得なくなり、法令上の原則となっている管理者としての業務に専念することができなくなったことから、「業務に関連し、違法行為を強要された」に該当し、心理的強度が「強」となる旨主張する。
確かに、Xが介護職員としての業務にも従事するようになって以降は、それまでの各月の時間外労働時間数に比べて倍以上の約97時間となっている。しかし、このことと具体的に法令違反の行為を命じられることとは全く別の事象というべきであるから、Cから違法行為を強要されたとみることはできない。
エ 上記のように、Xの時間外労働時間数について、Xが介護職員も兼務するようになった平成26年3月17日を含む基準日前3か月には、基準日前6か月から基準日前4か月目での月毎の時間外労働数の倍以上に増加して約97時間となり、基準日前2か月においても約78時間となっていることから、介護職員の兼務等によってXの作業量が増加し、これに伴って時間外労働時間数も増加したものということができる。
したがって、上記時間外労働時間数の増加は、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」に該当し、その心理的負荷の強度は、「強」に相当する。
オ Xは、そのほかにもCからの嫌がらせであったり、上司・部下とのトラブルなどによる心理的負荷に関する主張をしているが、上記時間外労働時間数に関する主張を除き、いずれも心理的負荷の強度を「強」と評価できるような出来事は認められない。また、上記時間外労働時間の増加についても、介護職員としての業務がXにとって特に困難な業務だったり、Xの能力とのギャップが大きいものであったとまでは言い難いこと、基準日前1か月には34時間と減少していることからすると、その心理的負荷についても一定程度緩和された部分もあるといえる。
そうすると、精神障害の発病直前における極度の長時間労働といった特別な出来事と同等ないしそれに匹敵するような心理的負荷の強度は認められないため、平成26年3月17日以降にXの双極性感情障害が悪化していたとしても、同年5月27日当時のXの精神障害とXが従事していたCの業務との間に相当因果関係を認めるに足りるほどの強い心理的負荷があったとも認められない。
したがって、上記仮定をしたとしても、Xの業務における心理的負荷による相当因果関係を認めることはできない。
第4 結語
よって、平成26年5月27日当時のXの精神障害とXが従事していたCの業務との間に相当因果関係は認められず、Xの請求は理由がない。
【コメント】
本件は仮の判断として、 基準日の2か月前及び3か月前の時間外労働時間数のみに着目すると、それまでより倍増しているため認定基準項目16の「強」としていますが、原告のこれまでの経験・能力を踏まえると、そこまで過酷な業務とは言えず、常時緊張を強いられるようなものではなかったこと、基準日の1か月前には時間外労働時間が大幅に減少しているため心理的負荷も緩和されていると考えることができることから総合的に判断して基準日時点においては「強」とはいえないと判断しています。認定基準で「強」となる具体的エピソードがあったからといって総合判断で必ずしも「強」といえるわけではない点に留意が必要です。
<参考判例>
①最高裁昭和51年11月12日判決(民集119号189頁。「熊本地裁矢代支部廷吏事件」)
②最高裁平成8年1月23日判決(民集178号83頁。「地公災基金東京支部長(町田高校)事件」)
③最高裁平成8年3月5日判決(民集178号621頁。「地公災基金愛知県支部長(瑞鳳小学校教員)」)
〈参考〉
①「ストレス-脆弱性理論」
⇒環境由来のストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生 ずるかどうかが決まるという考え方。環境由来のストレスが非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神障害がおこるし、逆に個体側の脆弱性が大きければ、環境由来のストレスが弱くても精神的破綻が生ずると考えられる。
②平成23年12月26日付都道府県労働局長宛て厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」の別添「心理的負荷による精神障害の認定基準」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html
労働経済判例速報2019.12.10
【実際の時間外労働時間数との間に相当程度の差異がある時間外手当てが固定残業代として有効とされた例】⇒東京地裁平成31年4月26日判決〈飯島企画事件〉
第1 事案の概要
原告(以下、「Ⅹ」という。)は、平成26年3月から平成30年3月まで一般貨物自動車運送事業等を営む被告(以下、「Y」という。)においてトラック運転手として就労していた。本件は、XがYに対して、時間外労働等に係る割増賃金及びこれに対する遅延損害金、労働基準法114条に基づく付加金及びこれに対する遅延損害金を求め、加えて、平成27年9月16日にXの賃金が総額月24万円から月23万円と減額されたことについて同意していないとして、差額分の26万円及びこれに対する遅延損害金の支払いをもとめた事案である。
第2 主な争点
本件の主な争点は、①Xの労働時間と②Yの賃金規定にある固定残業代の有効性、③賃金減額に対するXの同意の有無である。
第3 裁判所の判断
1 ①について
まず、Xが行っていたコース組みと呼ばれる作業は、証拠等によれば、Yの命じ又は黙示の指示を受けて行われていたと認めることができるから、これに従事していた時間も労働時間というべきである。
次に、Xは、早い日でも退勤時間は午後6時30分頃であったと主張する。しかし、Xが言う通りの時間に退勤していたことを具体的に示す証拠はなく、Xが時間外手当てを上回る割増賃金を発生させる程度に、時間外労働をしていたと認めることはできない。
よって、Xの時間外労働に係る割増賃金請求等には理由がないため、付加金について判断するまでもなく、付加金等についての請求にも理由がない。
2 ②について
⑴ この点に関して、本件雇用契約に係る労働条件通知書において、「時間外手当 約81時間分」「上記手当を超過する場合、別途超過分を支給します」との記載があり、Yの「賃金規定」において、その第11条に、「固定残業手当は、一賃金支払い期間あたり一定時間の時間外労働割増賃金相当分として支払う。」との記載もある。なお、Yのこの「賃金規定」は、従業員らに周知されていた。
また、時間外手当は、その名称からして、時間外労働の対価として支払われるものと考えることができるうえ、実際の時間外労働時間を踏まえて適宜改定されていた。さらに、給与明細上の記載等からも時間外手当と通常の労働時間の賃金である基本給とは明確に区分されているから、時間外手当について、有効な固定残業代の定めがあったということができる。
⑵ これに対し、Xは、固定残業手当について時間当たりの単価や、予定する時間外労働等に係る時間数が示されていないため、通常の労働時間の賃金である部分と時間外労働に対する対価である部分とが明確に区別されていないと主張する。
しかし、有効な残業代の定めであるためには、必ずしもXが指摘するような点を示す必要はないと解されるので、Xの主張は採用できない。
⑶ また、Xは、Yが主張する実際の時間外労働に係る時間数と、時間外手当に相当する残業時間数とが著しく異なるため、時間外手当は、時間外労働の対価としての性質を有しないとも主張する。
確かに、Yが給与計算において考慮した時間外労働等に係る時間数と、1か月当たりの所定労働時間をY主張の173.3時間として計算した時間外手当に相当する残業時間の時間数は相当程度異なる。しかし、上記⑴のような事実が認められるほか、被告の給与計算においてコース組に要した時間が含まれていないこと、被告の給与計算においても平成28年2月16日から同年3月15日の間に38時間以上、平成30年1月16日から同年2月15日の間に47時間以上時間外労働をしていたことを考慮すると、Xの主張により上記判断が左右されるということはなく、有効な固定残業代の定めがあったといえる。
3 ③について
Xは、賃金の減額について同意していないと主張している。
しかし、証拠及び弁論の全趣旨からすると、上記同意はあったことが認めることができる。この点についてのXの主張は、的確な裏付けを欠くものばかりであり、上記判断を左右することはない。
よって、この点に関するXの主張も認められない。
第4 結語
以上より、Xの主張はいずれも理由がなく認められない。
〈参考判例〉
・最高裁平成30年7月19日判決(民集259号77頁「日本ケミカル事件」)
・最高裁平成29年7月7日判決(民集256号31頁「医療法人社団Y会事件」)
【医師の超過勤務時間のうち15分未満の切り捨て処理された時間について、未払賃金請求が認められた例】⇒名古屋地裁平成31年2月14日判決〈桑名市事件〉
第1 事案の概要
原告(医師。以下、「X」という。)は、平成16年4月26日から、被告(以下、「Y」という。)が運営する診療所(以下、「D」という。)において当番医として応急診療業務に従事していた。もっとも、この業務について、XY間に労働契約は存在するが、Xが所属する任意加入団体である医師会(以下、「C」という。)がXを代理して同契約を締結している。Dでは、当番医の労働時間は、事務員が報告書に記載することにより把握されており、Yはこれに基づいて超過勤務手当を支給していたが、超過勤務手当の対象時間のうち、15分未満の部分については切り捨て処理がなされていた。
このような状況において、Xは、平成28年10月16日、Yには㋐労働条件の明示義務違反、㋑強制労働の禁止違反、㋒超過勤務時間を管理する義務違反、㋓15分未満の時間切り捨て処理に関する違法事由を理由として主位的に不法行為に基づく損害賠償請求として、超過勤務手当相当額28万1329円の支払いを求め、予備的に労働契約に基づき未払超過勤務手当6381円の支払いを求め、加えて、上記不法行為に基づいて慰謝料150万円の支払いを求めて提訴した。
第2 主な争点
本件の主な争点としては、①Yに不法行為が成立するか、②超過勤務手当の未払の有無及びその額である。
第3 裁判所の判断
1 ①について
⑴ ㋐労働条件の明示義務違反の有無
まず、Xは、YがXに対して、本件業務に関する労働契約書の作成や労働条件通知書の交付を行っておらず、超過勤務の有無や超過勤務手当について15分未満の超過勤務時間は切り捨てるという取扱いをしていることなどの説明をしていないことが労働条件の明示義務に違反すると主張する。
しかしながら、本件では、XYの契約は、Xの代理人としてCが締結している。Yとしては、Cが医師会であることから、Cが当番医を確保するにあたり、当該医師に対して超過勤務の有無や超過勤務手当の支給方法等を含めた労働条件を説明していると考えていたとしてもやむを得ない。仮にCがXに対して労働条件を説明していなかったとしても、Yがこれを認識していたことや予見可能であったことを認めるに足りる証拠はない。
したがって、Yに労働条件の明示義務違反があったとしても、不法行為法上違法であるとまでは言えない。
⑵ ㋑強制労働の禁止違反の有無
Xは、XがCに所属する医師である以上、Cの方針に事実上従わざるを得ず、これに逆らって退会させられた場合には、開業にあたって融資を得られないなどの弊害が生じることもあり、本件業務を拒否することができなかったとして、YがCと共同してXに対して本件業務を強制したと主張する。
しかしながら、Cは任意加入団体であり、Xは退会することは可能であったし、Xが主張するようなCの実情をYが把握していたという証拠はない。
したがって、YがCと共同して、Xに対して本件業務を強制したとは認められず、労働基準法5条の強制労働の禁止に違反するとは言えない。
⑶ ㋒超過勤務時間を管理する義務違反の有無
Xは、YがXから労働時間の管理に関してタイムカードの設置を求められたにもかかわらず、理由なくこれを拒否して労働時間を適切に管理する注意義務に違反したと主張する。
しかし、Yでは、労働時間の管理について、Dの事務員が、当番医が診察室に入る時刻や診察室から出る時刻をDに備え付けられた時計で確認した上で記録することによって管理していたのであり、記録された時間も5分刻みの曖昧なものではなく1分刻みであった。労働時間の管理について、必ずしもタイムカードやICカード等による客観的な記録によらなければならないわけではないことは、労働基準局長の通達においても確認されている(参考①)。
このような事情からすると、Yにおいて労働時間の管理方法が労働時間を適切に管理する注意義務に違反したものということはできない。
⑷ ㋓15分未満の超過勤務時間の切捨処理に関する違法事由
この点についてXは、Yが本件業務について、15分未満の超過勤務時間については超過勤務手当を支給しないと公然と宣言し、それによりXに15分未満の超過勤務時間に係る超過勤務手当を請求することができないと誤信させ、Xの正当な権利行使としての賃金請求を妨げたという違法がある旨主張する。
確かに、使用者は、法定内の所定労働時間を超える労働であっても、労働をした以上、労働者に対してその対価である賃金を全額支払わなければならないと解される(労働基準法24条1項)。そして、本件においても、XY間に15分未満の超過勤務時間を切り捨てる処理について合意がなされたと認めるに足りる証拠はないことからすると、15分未満の超過勤務時間を切り捨てるという取扱いは、労働基準法24条1項に違反する。
しかしながら、このような取扱いは、本件契約の解釈の問題でもあり、本件については、法定の労働時間を超える時間外手当の支給の問題ではないことなどからすると、不法行為法上の違法性が認められるとまでは言えない。さらに、Xが超過勤務手当の支給方法について認識した時点において、当時民間企業でも同様の処理をしていたことから特に問題がある処理と思っていなかったと供述していることからすると、YがXの正当な権利行使としての賃金請求を妨げたとは言えない。
よって、この点についても、不法行為上の違法性があるとは言えない。
⑸ 小括
以上より、Yに本件業務においてXに対する不法行為は成立しない。
2 ②について
Xは、平成28年1月11日に10分間超過勤務を行っており、その超過勤務手当は2133円と認められ、CとYとの関係からXがCを退会した平成28年1月31日に、XY間の本件労働契約は終了したものと認められる。そして、Yは同日までに上記超過勤務手当を支払っていない。
そのため、XはYに対して、賃金の支払いの確保等に関する法律6条1項、同法施行令1条に基づき、退職日の翌日である同年2月1日から支払い済みまで年14.6%の割合による遅延利息の支払いを求めることができる。
第4 結語
以上より、Xの請求について不法行為に基づく損害賠償請求は理由がなく、予備的請求については、2133円及びこれに対する退職日の翌日である平成28年2月1日から支払い済みまで年14.6%の割合による遅延利息の支払いを求める限度で理由がある。
〈参考〉
①労働基準局長通達「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13年4月6日基発339号)
〈参考法令〉
・労働基準法5条
使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神的または身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない。
・労働基準法24条1項
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。ただし、法令若しくは労働協約に別段の定めがある場合又は厚生労働省令で定める賃金について確実な支払いの方法で厚生労働省令で定めるものによる場合においては、通貨以外のもので支払い、また、法令に別段の定めがある場合又は当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者お過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる。
・賃金の支払いの確保等に関する法律6条1項
事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部または一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあっては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかった場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払いをする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額年14.6%を超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。
・賃金の支払いの確保等に関する法律施行令1条
賃金の支払いの確保等に関する法律(以下、「法」という。)第6条1項の政令で定める率は、年14.6パーセントとする。