労働判例コラム④(宇和島労基署長事件、熊本労基署長事件、新井鉄工所事件)

労働判例コラム④(宇和島労基署長事件、熊本労基署長事件、新井鉄工所事件)

2020/04/09 労働判例

労働経済判例速報2019.10.30

【業務起因性に関する2つの裁判例】Ⅰ 取引先との業務における精神的負荷等が死亡の原因として業務起因性が認められた例⇒福岡地裁令和元年6月14日判決〈宇和島労基署長事件〉

第1 事案の概要

 亡Cは、養殖業者に対する魚薬の営業販売等に従事していたが、平成26年2月7日早朝に急性心不全を発症し、死亡した(当時47歳)。これについて、亡Cの妻である原告は(以下、「X」という。)、亡Cの死因は、取引先からのストレスに晒されながらの長時間過重労働や海上での過酷な消毒業務に従事したことにあるとして、遺族補償給付の請求をした。しかし、遺族補償給付については不支給決定を受け、また、同決定に対する不服申し立ても棄却されたことから、Xが同決定の取り消しを求めた事案。なお、不支給決定の理由は、亡Cが短期間又は長期間にわたる過重な業務に就労したとはいえず、長時間労働等による疲労の蓄積があったともいえないので、亡Cの急性心不全が労働基準法施行規則35条別表第1の2第8号に定める業務上の疾病に該当するとは認められないというものであった。

第2 主な争点

 主な争点としては、亡Cの急性心不全が業務により生じたといえるかであり、その判断要素として、

①短期間の過重業務の有無、

②長期間の過重業務の有無、

③業務以外の要因の有無

の3点が挙げられている。

第3 裁判所の判断

1 短期間の過重業務の有無

 ⑴ 労働時間について

 短期間とは、発症前概ね1週間を言う。亡Cの発症前1週間の時間外労働時間は、27時間52分であるところ、過去半年の期間においても同程度の時間外労働をしていたことからすると、他の時期と比較して過度に長時間労働をしていたとは言えない。また、発症5日前には、休日が確保されていたことからすると、継続した長時間労働があるとも認められない。

 ⑵ 作業環境や精神的緊張

 亡Cは、発症直前2日間において、海上で生け簀の消毒作業をしており、亡Cにとっては最大の取引先の社長からの要請であるため断ることは困難であった。確かに、営業職の亡Cにとって、このような状況で作業することについて、肉体的疲労や精神的緊張が大きかったとはいえるものの、普段から月に数回同様の作業をしていたことからすると、普段よりも厳しい状況での業務であったとはいえ、全く異質のものとはいえず、特に作業環境が過酷であったり、精神的緊張が著しいとまでは言えない。

 ⑶ 小括

  よって、亡Cが短期間の過重業務をしていたとは認められない。

2 長期間の過重業務

 ⑴ 労働時間

 長期間とは、発症前概ね6か月を言う。亡Cの発症前6か月の業務は、例年と異なり、繁忙期を過ぎても70時間前後の長時間の時間外労働をしていたことが認められ、相当な長時間労働が継続していたというべきであり、さらには、死亡直前2日間には、普段より厳しい環境で業務を行っていたことからすると、業務と発症との間には相当程度の関連性がある。

 ⑵ 精神的緊張の程度

 上記の時期において、亡Cは重要な取引先の社長の求めにより様々な業務を行っていた。当該社長は、癖が強く、理不尽に取引量を減らされることもあったため、亡Cは常に当該社長の要求にこたえ、その信頼を損ねないように努めて行動していたと考えられる。そうすると、亡Cの精神的緊張は、例年に比して相当大きくなっていたといえる。

 ⑶ 小括

 以上より、亡Cは、肉体的・精神的負荷の大きい業務を長期間にわたり継続していたものであり、その業務は心臓疾患を発症するような過重性があったものというべきである。そのため、明らかに業務以外の原因により発症したと認められる場合等の特段の事情がない限り、業務起因性を認めるのが相当である。

3 業務以外の要因

 この点について、亡Cには、1日20本の喫煙を30年続けていた等 の複数のリスクファクターが存在するうえ、医者に脂質異常症を指摘され、投薬を勧められたにもかかわらず自己判断で中止したという動脈硬化につながる事情がある。しかし、そうはいっても、これらの事情から本件の亡Cの急性心不全が明らかに業務以外の原因により発症したとまでは認定できないため、業務起因性を否定することはできない。

第4 結語

 以上より、亡Cの急性心不全は、業務に起因して発症したものと認められ、労働基準法施行規則別表第1の2第8号に該当するところ、業務起因性がないとした本件不支給決定にはその判断を誤った違法があるというべきであるから、取り消しを免れない。

Ⅱ 運送会社の運転手がくも膜下出血で死亡した事案について、労基署長が 否定した業務起因性が肯定された例⇒熊本地裁令和元年6月26日判決〈熊本労基署長事件〉

第1 事案の概要

 Cは、セールスドライバーとして宅急便の配達、集荷業務に従事していたが、平成26年12月14日午後9時30分頃、勤め先の駐車場にてくも膜下出血を発症し(以下、「本件発症」とする。)、翌午前2時3分頃、46歳の若さで死亡した。これを受けて、Cの妻であった原告(以下、「X」とする。)は、Cの本件発症の原因は、Cが過重な業務に従事したことにあるとして、熊本労働基準監督署長(以下、「処分行政庁」とする。)に対して、労災保険法に基づき遺族補償給付及び葬祭料の請求をした。処分行政庁はいずれも不支給とする旨の決定をした。そこで、Xは、上記決定処分の取り消しを求めて訴えを提起した。

第2 主な争点

 本件発症及び死亡に業務起因性があるか。

第3 裁判所の判断

 1 判断基準

 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の疾病等について行われるものであり(労災保険法7条1項1号)、労働者に発症した疾病を業務上のものと認めるためには、業務と疾病との間に法的に見て労災補償を認めるのを相当とする関係、すなわち相当因果関係が認められることが必要である(参考判例①)。

 そして、上記の相当因果関係を認めるためには、当該疾病等の結果が当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価しうることが必要と解するのが相当である(参考判例②③)。また、業務に内在する危険性の有無を判断するにあたっては、当該労働者本人あるいは、最も脆弱な労働者を基準とするのは相当ではなく、平均的労働者を基準とすべきである。

 なお、認定基準(※1)は、行政内部の通達であり、法的な拘束力はないが、その発出経緯から、判断基準としての合理性は認められるため、業務起因性を判断するには、認定基準の定める要件についてその趣旨を十分に考慮しつつ検討する。

 2 労働時間について

 本件会社の労働時間の管理は、タイムカードおよびポータブルポスによりなされていたところ、それぞれの打刻時刻及び記録時刻の差が小さいことからすると、その打刻時刻及び記録時刻は客観的な資料として信用性が高いといえ、始業時間については、いずれか早い方を、終業時間については、遅い方を基準に検討する。

 また、亡Cの昼休憩中の労働時間については、その働きぶりから、他のセールスドライバーと同程度のものであったといえる。そのため、亡Cの本件発症1か月前の昼休憩の労働時間は、他のセールスドライバーの平均時間である44分間と考えるのが相当である。一方、亡Cは、夕方の休憩時間については、基本的に取れなかったと考えるのが相当ではあるが、停車時間が20分を超える場合には、超えた時間については休憩していたと考えるのが相当である。

 3 負荷の程度

 ⑴ 本件発症前1か月間について

 以上を前提に具体的な労働時間を計算すると、亡Cの本件発症前1か月間の時間外労働時間数は、102時間となる。そうすると、本件発症前1か月間の時間外労働時間は100時間を超えるうえ、6日連続勤務の期間もあること、本件発症1週間前の時間外労働時間は41時間34分であって、特に長時間労働となっていることにも鑑みれば、労働時間による負荷と本件発症の関連性は強いと評価すべきである。

 ⑵ 本件発症前2か月乃至6か月間について

 さらに、本件発症前2か月乃至6か月の時間外労働時間についてみても、一般に業務の繁忙度が終業時刻に与える影響は大きいと考えられるものの、休憩時間は直接左右されないと考えられることからすると、時間外労働時間少なくともYが自認している時間を基礎として休憩時間も上記と同程度であったといえ、業務上の負荷が軽微であったとは言えない。また、セールスドライバーの業務における肉体的・精神的負担が大きいこと及び本件発症前1か月間の拘束時間が1日平均12時間46分であり本件発症前2か月乃至6か月の拘束時間も短いものではない。そうすると、労働時間以外の負荷要因による負荷も相当程度に過重なものであったといえる。

 4 小括

 以上からすると、亡Cの本件発症1か月前の業務は、日常勤務に比して特に過重な身体的、精神的負荷を生じさせ、著しい疲労の蓄積をもたらす業務であったと認められる。さらに、本件発症2か月乃至6か月における業務上の負荷も軽微なものではなかったと認められる。

 一方で、亡Cは2日に1箱程度の喫煙をする習慣を有していたが、特に多量であるとはいえず、46歳男性で既往歴、脳疾患のリスクファクターを有していたとは認められない。

第4 結語

 よって、本件発症は、業務による負担が相対的に有力な原因となっていたとみるのが相当であり、業務に内在する危険が現実化したものとして、本件発症と亡Cの業務との間に相当因果関係が認められるため、本件発症及び死亡に業務起因性があると認めるのが相当である。

〈参考判例〉

① 最高裁昭和51年11月12日判決(民集119号189頁。「熊本地裁矢代支部廷吏事件」)
② 最高裁平成8年1月23日判決(民集178号621頁。「昭和郵便局事件」)
③ 最高裁平成9年4月25日判決(民集183号293頁。「大舘労基署長(四戸電気工事店)事件」)

〈参考法令〉

・労働基準法第75条
1 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
2 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。
  →・労働基準法施行規則35条
 法第75条第2項の規定による業務上の疾病は、別表第1の2に掲げる疾病とする。
  →労働基準法施行規則別表1の2第8号
「長期間にわたる長時間の業務その他血管病変等を著しき増悪させる業務による脳出血、くも膜下出血、脳梗塞、高血圧性脳症、心筋梗塞、狭心症、心停止(心臓性突然死を含む。)もしくは解離性大動脈流又はこれらの疾病に付随する疾病」

〈参考通達〉

※1「認定基準」
=厚労省労基局長平成13年12月12日基発1063号・平成22年5月7日改正基0507第3号。「脳血管疾患及び虚血性死因疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準について」【パンフレット
※2 「認定基準留意点」
=厚労省労基局労災補償部補償課長平成13年12月12日基労補発31号「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。)の認定基準の運用上の留意点等について」

【主要事業廃止に伴う整理解雇を有効とした一審判決が維持された例】 ⇒東京高裁平成30年10月10日判決〈新井鉄工所事件〉

第1 事案の概要

 被控訴人(第一審被告。以下、「Y」とする。)は、主要事業における主要取引先との取引継続が困難になったために、当該主要事業から撤退した。これに伴って、Yは、平成27年12月から、当該主要事業からの撤退及び希望退職を募ることを労働組合に説明し、合計21回の団体交渉が実施された。同時に、Yは、再就職のサポートを条件として希望退職を募ったところ、控訴人ら(第一審原告。以下、「X」とする。)を除くほかの従業員は、それに応じて平成28年4月15日に退職した。Yは、上記事業撤退後も労働組合との交渉を継続し、その間もXに賃金は支払っていたが、合意に至らなかったため、平成28年9月30日付でXを解雇した。これに対して、Xは、本件解雇は労働契約法16条により無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位の確認等を求めて訴えを提起した。しかし、第一審判決は、人員削減の必要性、解雇による不利益を緩和する措置の実施状況、事業撤退の経営判断の合理性及び、手続面に問題がないことから、本件解雇を有効とした。

第2 主な争点

 主な争点は、本件解雇の有効性であり、その判断枠組みとして、原判決が用いた、人員削減の必要性、解雇回避努力、被解雇者選定の合理性及び解雇手続きの相当性の存否及びその程度を総合考慮して、労働契約法16条所定の場合に当たるかを判断するのが相当であるとした。

第3 裁判所の判断

1 人員削減の必要性

 Yは、主要取引先との取引継続の道を探って同社と誠意折衝を続けた結果として事業の継続を断念したのであり、主要取引先との交渉を打ち切ったことは経営上やむを得ない判断であったというべきである。

 なお、XはYが膨大な資産を有していたという特殊性を主張するが、Y自体の存続が危ぶまれない限り、製造しても販売先のない事業を継続するべきではないうえ、今後も赤字が累積していくことが見込まれる事業を雇用維持のために継続すべきであるなどということは、会社の経営判断の自由を侵害するものであり、Xの主張は採用できない。

 2 解雇回避努力義務違反

 裁量判断が許容される会社経営のかじ取りの中で、Yとしては唯一の事業といってもよい主要事業の廃止に伴ってなお同事業に従事していた労働者の雇用を維持できる余地があるのかを検討すべきであるところ、検討の結果として、Yはその余地がないと判断を下したのであり、解雇回避努力を尽くしてないということはできない。

 なお、Xは、Yが多額の不動産賃料収入があることをもって、Xにも不動産管理業務を担わせるべきとの主張をするが、そのためには相当の知識・経験を習得させる必要があり、これまで不動産管理事業が主たる事業ではなかったYにそこまで求めるのは経営の自由を不当に侵害するものであって相当ではない。したがって、この点についてのXの主張も採用できない。Xは、この点について本件の特殊性を主張するが、いずれも、解雇回避努力義務を尽くしていないとする事情にはならない。

 さらに、Xは、希望退職者との条件の差や使用者が膨大な資産を有することを理由として退職金も多く支払うべきこと等を主張する。しかし、Xは希望退職に応じる機会がありながらその条件についての協議にも応じなかったのであるから、希望退職に応じた者と同様の条件を示されなかったとしてもやむを得ず、むしろXは本件事業撤退後従事する業務がないにもかかわらずYからの賃金の支払いを受けていることからすると、希望退職に応じた者よりも優遇されていると考えることもできる。その他のXの主張についても、法的証拠の不存在、特にXを優遇すべきYの法的義務は存在しないため認められない。

3 被解雇者選定の合理性

 本件事業撤退についての経営判断に合理性が認められること、Xを他の事業部門等へ配転する可能性がないこと、本件事業に従事していた従業員全員のうち希望退職に応じない者すべてがその対象となって いることからすると、被解雇者の選定に問題はない。

4 手続きの相当性

 Yは、本件事業撤退を決めた直後から、Xに対し雇用を維持することが困難であることを理由と併せて説明している。Yと労働組合は繰り返し団体交渉を重ねており、最終的には特別退職金として基準内賃金1年分を支払うという条件まで提示している。これらの事情からすると、本件解雇に関する手続きが相当性を欠くとは言えない。

第4 結語

 以上より、本件控訴はいずれも理由がなく、棄却する。

〈参考裁判例〉

・東京高裁昭和54年10月29日判決(労判330号71頁。「東洋酸素事件」)

〈参考法令〉

・労働契約法16条  
 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

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