労働経済判例速報2020年3/20・30
【入社前の説明と異なる処遇に関する是正要求の拒否を理由とした労災請求が否定された例】⇒東京地裁令和元年8月26日判決〈三田労基署長事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、平成19年9月、Z1と雇用契約を締結し、勤務をし、平成21年4月にZ1がZ2に吸収された後も、勤務を継続していた。もっとも、XはZらに対し入社前に受けた説明と待遇が異なるとして是正するよう要求してきたが、Zらはこれに応じず、平成27年9月には、書面(以下「本件通知書」という)で明確にXの主張を否定した。その直後、Xは適応障害と診断された。Xは本件適応障害の発病は業務災害であるとして三田労基署長に療養補償給付の請求をしたが、不支給処分が下された。そこでXは、本件不支給処分の取り消しを求めて本件訴えを提起した。主な争点は、本件適応障害の業務起因性である。
第2 裁判所の判断
1 労働者の疾病等を業務上のものと認めるためには、業務と疾病等の間に相当因果関係が認められることが必要で(参考判例①)、そのためには、当該疾病等の結果が当該業務に内在する危険の現実化と評価できることが必要であると解される(参考判例②)。その判断の際には、認定基準(参考①)における考え方も一定程度参考にするのが相当である。
2 Xは、平成27年9月に適応障害と診断されており、適応障害は認定基準の対象疾病である。もっとも、上記診断をした医師は発病時期を同年6月頃と考えており、X本人のアンケート等にも同時期から症状が出ている旨記載されている。そのため、発病時期は、平成27年6月である。
3⑴ では、発病前概ね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められるか否かについて「具体的出来事」について検討する。なお、本件では、「特別な出来事」に該当する事情はない。
⑵ア Xは、待遇の是正を要求したが、これに一切応じてもらえなかった旨主張する。しかし、Zらが、Xを一般職の最高位の待遇で採用すると述べたことを認めるに足る事実はなく、度重なるXの要求に対してZらはその都度説明をしており、その態様に違法不当な点はない。そのため、仮に上司とのトラブルがあったとしても心理的負荷の程度は「弱」である。
イ また、Xの発病は平成27年6月であるところ、発病前1か月の残業時間は約66時間にとどまる。さらに、同時期の担当業務の内容及び量に変化があったとは認められない。そのため、Xの業務についての心理的負荷の強度は「中」を超えるものではない。
ウ 以上のほかに、発病前概ね6か月の間に「具体的出来事」があったことを基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。
⑶ 以上からすると、Xに最大限有利に検討したとしても、心理的負荷の強度は全体として「中」にとどまる。
第3 結語
以上のとおり、認定基準にあてはめた場合、Xの心理的負荷の強度は「中」にとどまるから、本件適応障害に業務起因性は認められない。また、認定基準から離れて具体的事情を考慮したとしても、本件適応障害と業務との間に相当因果関係は認められない。そのため、本件適応障害は、「業務上の疾病」(労災保険法7条1項)に該当せず、本件不支給処分は適法である。
〈参考判例〉
①最高裁昭和51年11月12日判決(集民119号189頁。『熊本地裁矢代支部廷吏事件』)
労災保険法の規定による保険給付は、労働者の業務上の疾病等について行われるものであるところ、労働者の疾病等が業務上のものであると認められるためには、当該疾病等と当該業務との間に相当因果関係が認められることが必要であると解される。
②最高裁平成8年1月23日判決(集民178号83頁。『地公災基金東京支部長(町田高校)事件」)、最高裁平成8年3月5日判決(集民178号621頁。『地公災基金愛知県支部長(瑞鳳小学校教員)』)
労災保険法に基づく保険制度がいわゆる危険責任の法理に基づいて使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係が認められるためには、当該疾病等の発病が、当該業務に内在し、又は随伴する危険が現実化したものであることが必要となるものと解される。
〈参考〉
①「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23.12.26基発1226第1号)
【希望退職制度の優遇措置の適用から除外する取扱いが適法とされた例】⇒東京地裁令和元年9月5日判決〈エーザイ事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
被告(以下「Y」という)の従業員であった原告(以下「X」という)は、平成30年10月5日、退職届を提出し、同月15日に受理された。同月30日、Yは希望退職者を募集し、募集退職日の前日までに退職届が受理されている者は優遇措置の適用除外とする旨公表した。そこで、Xは、Yが希望退職制度の優遇措置の適用が除外されることを知りながらXの退職届を受理し、また、その後の退職届の撤回に応じなかったことが不法行為にあたるとし、優遇措置が適用された場合に原告が受領するはずであった割増退職金額と実際に受け取った退職金の差額が損害であるとして、不法行為に基づき、3322万9332円及び遅延損害金の支払いを求めた。主な争点は、不法行為の成否である。
第2 裁判所の判断
1 まず、Yが本件退職届を受理した平成30年10月15日には、Yにおいて本件希望退職者を募集することが決定していなかったことからすると、Yが本件希望退職制度の適用除外になることを知りながら本件退職届を受理したとは言えない。仮に、概ね決定していたとしても、本件希望退職制度の内容を公表するまでは秘密を保持することとされていたのであり、このような扱いに不合理な点はないため、Yにおいて、これを告知する義務はない。したがって、Yが本件退職届を受理した事実は不法行為とは認められない。
2 また、Yは平成30年10月15日の時点で、本件退職届の手続きを完了していたのであるから、本件希望退職制度の公表時点においては、XY間で労働契約を解約する合意が成立していたものと認められる。そして、本件希望退職制度の公表後に退職届の取り下げを認めると、本件希望退職制度の公平、適正な運用が妨げられることは明らかであり、YにおいてXの退職届の取り下げに応じる義務はない。そのため、Yが本件退職届の取り下げに応じなかったことも不法行為にはならない。
3 さらに、本件希望退職制度においては、募集退職日の前日以前の退職日で既に退職届を提出し、Yがこれを承認している場合には、優遇措置の適用除外となる旨定められているところ、Xは、募集退職日の前日以前に退職届を提出し、Yが受理しているのであるから、本件希望退職制度においてXは優遇措置の適用を除外される者に該当する。また、このような適用除外の規定については、本件希望退職制度を公平、適正に運用するために合理性が認められるものである一方、適用除外となっても優遇措置が受けられないだけで、退職の自由は制限されない。本件退職は、Xの自己都合によるもので、Yから働きかけたものではないことも併せて考慮すると、Xに優遇措置が適用されないことについては不合理な点はない。
第3 結語
以上より、本件におけるXの主張は理由がない。
労働経済判例速報2020.4.10
【使用期間満了時まで指導を継続せず決定した本採用拒否が有効と判断された例】⇒東京地裁令和元年9月18日判決〈ヤマダコーポレーション事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、平成29年9月16日、中途採用で被告(以下「Y」という)に経営企画室係長として採用された。しかし、Yは、Xの試用期間中の勤務におけるパワハラ、勤務態度不良、勤務能力不足等を理由として試用期間満了の約2週間前に解雇の通知を行い、平成29年11月30日の試用期間満了に伴って解雇した。これに対して、Xが、本件解雇が無効であるとして、地位確認及び未払賃金並びに不当解雇を理由とした損害賠償の支払いを求めた事案。主な争点は、本件解雇の有効性である。
第2 裁判所の判断
1 試用期間中の解約権留保は、通常の解雇よりも広い範囲において解雇の自由が認められてしかるべきであり、留保解約権の行使も、社会通念上是認されうる場合にのみ許される(参考判例①)。そして、そのような留保解約権の行使は、企業者が、採用決定後における調査の結果により、または使用中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合において、そのような事実に照らし当該労働者を引き続き当該企業に雇用しておくのが適当でないと判断することが解約権留保の趣旨、目的に徴して、客観的に相当であると認められる場合において認められる。
2⑴ Yは、Xの部下であるAがXのパワハラにより精神障害は発病した旨主張するが、Aの発病がXの行為に起因するものであることを裏付ける客観的な証拠はない。しかし、XのAに対する言動等(参考①)により、AがXとは別の部署への異動を申し出ていることからすると、XA間において、業務遂行にあたり相当程度の軋轢乃至業務上の支障が客観的に生じていたといえ、その背景には、Xの対応にも一因があるといえる。
このような事実は、Xの管理職たる適格性に疑問を生じさせる一事情として評価できる。
⑵ Xの取引先担当者への対応(参考②)は、直ちにパワハラと評価することはできない。Yが当該取引先から明示的な抗議を受け、Xの上司がXの対応について謝罪に出向いていることからすると、Yと当該取引先との間での軋轢乃至関係修復が困難な状況を発現させたものと評価するのが相当である。
⑶ 以上のように、Xには協調性に欠ける点や、配慮を欠いた言動等により、Yの社内関係者及び取引先等を困惑させ、軋轢を生じさせたことなどの問題点があり、Yの指導を要する状態であった。そして、YにおけるXの上司は、Xの上記問題点を改善すべく、Xに対する相応の指導をするも、Xは一切改める様子がなかったことからすると、上記問題点に対するXの認識が不十分であるか、Xが指導に従う姿勢にかける等の理由で改善の見込みが乏しい状態であったと認められる。また、Xは、長年社会人として働いてきたという経験から、上司からの指導により改善の必要性について十分認識しえたのであり、改めて解雇の可能性を示した警告は不要である。そして、Xの雇用を継続することにより今後、Yの経営への影響等も懸念せざるを得ない。
第3 結語
以上からすると、Yが試用期間中において、残りの試用期間における指導を行ったとしても、Xの勤務態度等について容易に改善が見込めないものであると判断し、試用期間満了時までXに対する指導を継続せず、Xには管理職としての資質がなく、従業員として不適当であるとしてXの本採用拒否を決定したことをもって相当性を欠くとは言えず、本件解雇には、契約留保権の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当というべきであるから、XY間の雇用契約は終了している。そのため、Xの地位確認及び賃金支払い請求は理由がない。なお、本件解雇は、社会通念上相当であるためXに対する不法行為は構成しない上、YのXに対するモラハラや安全配慮義務違反はないため債務不履行もないため、Xの損害賠償請求についても理由がない。
〈参考判例〉
①最高裁昭和48年12月12日判決(民集27巻11号1536頁)
試用期間中の解約権留保は、採用決定の当初には当該労働者の資質・性格、能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終的決定を留保する趣旨でされるものであり、このような留保解約権に基づく解雇は通常の解雇よりも広い範囲において解雇の自由が認められてしかるべきであるところ、留保解約権の行使も、解約兼留保の趣旨・目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される。
〈参考〉
①XのAに対する言動
・「これはあなたの仕事なの」と詰問調で述べた。
・社外での打ち合わせに際し、Aに十分な情報共有をしなかった。
②データの送信トラブルが生じた際、Xの問い合わせに対して、取引先から適切な回答がなされていたにもかかわらず、Xがこれを聞かず、現状では不可能な解決方法について繰り返し質問したり、当該取引先のシステムに問題がある旨主張し、上記トラブルの解決が一向に前進しなかった。これにより、当該取引先の担当者は交代し、Yへの抗議につながった。