労働判例⑮(ドリームエクスチェンジ事件、えびす自動車事件、ビックカメラ事件)

労働判例⑮(ドリームエクスチェンジ事件、えびす自動車事件、ビックカメラ事件)

2020/07/11 労働判例

労働経済判例速報2020年4月10日号

【再就職先の試用期間満了時点で被告における就労意思が失われたと判断された例】⇒東京地裁令和元年8月7日判決〈ドリームエクスチェンジ事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 被告(以下「Y」という)は、旅行業等の事業を営んでおり、即戦力人材の社員を募集していたところ、原告(以下「X」という)が応募し、XはYの内定を得た。採用後、Xの職務遂行能力等に疑義を持ったYは、Xの前職及び前々職にバックグラウンド調査を実施したところ、能力が低いことが判明したので内定を取り消した。そこで、Xは、本件内定取消が無効であると主張して、本件訴えを提起した。なお、Xは本件内定取消後、他社(以下「A」という)に就職し、本件の口頭弁論終結時まで(約2年2か月)就労を継続している。主な争点は、本件内定取り消しの有効性及びXの労働契約上の地位の確認の可否、中間収入の控除額である。

第2 裁判所の判断

1⑴ まず、採用内定時の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である(参考判例①)

 ⑵ この点について、Yは、Xが経歴及び能力を詐称した旨主張するが、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。そもそも、YはXに対して本件採用内定通知を発した後にバックグラウンド調査を実施しており、その結果に基づいて本件内定取消を行っていることからすると、本件採用内定通知を発する前に同調査を行っていれば容易に判明しえた事情に基づき本件内定取消しを行ったものと評価されてもやむを得ない。そうすると、上記参考判例①に照らし、本件内定取消は無効である。

 なお、Yは、Xの上記詐称により錯誤に陥っていたため本件採用内定に関する意思表示は無効である旨主張するが、上記のようにXが経歴や能力を詐称したとの事実は認められない上、錯誤に陥ったことについて的確な立証がなされていないため、Yの上記主張は採用できない。

2  XのYにおける就労意思について、Xが本件内定取消後、Aにて就労を開始したからといって、Aにおける賃金はYにおける賃金の8割程度だったことからすると、この時点においてYにおける就労意思を喪失したとはいえない。しかし、Aでの就労は本訴訟の口頭弁論終結時点で2年2か月に達しており、遅くとも、Aでの試用期間満了後の平成29年7月10日の時点では、Xの雇用状態は一応安定していたと認められ、XのYにおける就労意思は失われていたと認められる。したがって、Xの請求のうち、労働契約上の地位確認を求める部分については訴えの利益がないため却下を免れないが、本件採用内定通知に定められた労働契約の始期(平成29年1月1日)から同年7月9日までの賃金請求については、理由がある(民法536条2項)。

3 Yは、Xが他社から受けた中間収入を全額控除すべき旨主張するが、その控除の限度は特約のない限り平均賃金の4割までとするのが判例であり(参考判例②)、使用者は平均賃金の6割相当額は負担すべきであり、最低限これを免れることは許されない。

 Xは、上記のとおりYの責めに帰すべき事由により、Yにおいて就労できなかったものである。そしてXは、平成29年4月10日からはAにおいて就労し、賃金の支払いを受けていたのであるから、同日からAにおける試用期間満了時である同年7月9日までの間に得られた賃金は中間収入として控除対象となるが、同賃金は、Yにおいて受けられたであろう賃金の4割を超えるものであるため、控除されるのは4割の限度である。

第3 結語

 以上より、Xの請求のうち、労働契約上の地位の確認を求める部分については訴えの利益がなく却下を免れないが、未払い賃金の支払いを求める点について、中間収入を控除した部分に関しては理由がある。

〈参考判例〉

①最高裁昭和54年7月20日判決(民集33巻5号582頁『大日本印刷事件』)、最高裁昭和55年5月30日判決(民集34巻3号464頁『電電公社近畿電通局事件』)
 採用内定期間中の解約権留保の行使は、試用期間における解約権留保と同様、労働契約の締結に際し、企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮し、採用決定の当初にはその者の資質・性格、能力などの適格性の有無に関連する事項につき資料を十分に収集することができないため、後日における調査や観察に基づく最終決定を留保する趣旨でされるものという解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものであり、採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。

②最高裁昭和37年7月20日判決(民集16巻8号1656頁)
 労働基準法26条が「使用者の責めに帰すべき事由」による休業の場合に、使用者に対して平均賃金の6割以上の手当てを労働者に支払うべき旨を規定し、その履行を強制する手段として付加金や罰金の制度がある(労働基準法114条、120条1号)のは、労働者の労務給付が使用者の責めに帰すべき事由によって不能となった場合に使用者の負担において労働者の最低生活を前記の限度で保障しようとする趣旨であり、決済手続きを簡便なものとするため、償還利益の額をあらかじめ賃金額から控除しうることを前提に、その控除の限度を特約のない限り平均賃金の4割まではすることができるが、それ以上は許されないと解するのが相当である。

【度重なる交通事故等を理由としたタクシー運転手としての就労拒否につき使用者の帰責性がないと判断された例】⇒東京地裁令和元年7月3日判決〈えびす自動車事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 原告(以下「X」という)は、被告(以下「Y」という)において、タクシー運転手として稼働していたが、Yに入社後、3年半の期間に勤務中に5件の交通事故、6件の交通違反を発生させ、2度の免許停止処分を受けた。Yは、Xのそのような状況からタクシー運転手としての就労を拒否し、事務職での就労を提案したが、Xはこれを拒否してそれ以降出社しなくなった。

 そこで、Yは、Xの度重なる交通事故、無断欠勤等が就業規則の解雇事由にあたるとして解雇予告を行った。Xは、解雇予告期間中の平成29年5月18日、Yに対し退職届を提出した上で、労働契約上の地位及びタクシー運転手として就労を拒否された以降の賃金の支払いを求めて訴えを提起した。主な争点は、Xの退職時期、Xが労務を提供できなかった原因である。

第2 裁判所の判断

1 Xは、平成29年5月18日、Yに対して退職届を提出しており、この時点において辞職の意思を表示したといえることから、同日、Yを退職したと認められる。そのため、Xの請求のうち、労働契約上の地位の確認を求める部分、及び同日以降の賃金の支払いを求める部分については理由がない。

2⑴ まず、使用者の責めに帰すべき事由によって、労働者が労務を提供すべき債務を履行することができなくなったときは、労働者は、現実には労務を提供していないとしても、賃金の支払いを請求することができる(民法536条2項)。

 ⑵ Yは、Xが2度目の免許停止処分を受けて以降、Xのタクシー運転手としての就労を拒否し続けており、労務を提供すべき債務は履行不能の状態にあった。

 ⑶ 本件で、度重なる指導にもかかわらず重大な事故を繰り返し発生させ、反省する様子を見せないXを、このままタクシー運転手として勤務させ続けることは危険であるとしてその就労を拒否し、事務職への転換を提案したYの判断は、安全性を最も重視すべきタクシー会社として合理的理由に基づく相当なものであったというべきであり、本件免許停止処分の期間が満了した後も、Xが事故防止に向けた具体的取組をYに説明することはおろか、タクシー運転手として勤務を希望する旨を申し出ることすら一度もなかったことをも踏まえると、Yが本件免許停止処分以降、約1年間にわたってXの就労を拒否し続け、Xが労務を提供することができなかったことについて、Yの責めに帰すべき事由があると認めることはできない。

第3 結語

 以上より、Xの請求はいずれも理由がない。

〈参考法令〉

・民法536条2項

 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。

労働経済判例速報2020.4.20

【休職命令等の措置をとらずに行った解雇が有効とされた例】⇒東京地裁令和元年8月1日判決〈ビックカメラ事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 原告(以下「X」という)は、被告(以下「Y」という)との間で、雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という)、Y店舗において販売員として勤務していたが、平成28年4月15日付で解雇された(以下「本件解雇」という)。そのため、Xは、Yに対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び平成28年5月分以降の賃金並びに遅延損害金の支払いを求めて訴えを提起した。Xには、業務を行うについて不適切な行動が見られた反面、精神疾患に罹患している可能性もあったことから、主な争点は本件解雇の有効性である。

第2 裁判所の判断

1 Xは、勤務中に無断で早退し又は売り場を離れることが多数あり、また、インカムを用いて著しく不合理な内容の発言を行っていたものであり、これらの言動がYの業務に支障を生じさせたことは明らかである。さらに、Xは、業務における事務手続上の誤りや、禁止行為を繰り返し行ったほか、上司に対して侮辱的な内容の発言やメールをするなど、Xの業務遂行能力や勤務状況は著しく不良であった。

 そして、Xは、これまでの上記のような行為について3回懲戒処分を受け、そのたびに反省文や始末書を作成していることからすると、自身の行為の問題性については十分に理解していたはずである。それにも関わらず、問題行動を改善しなかった以上、Xによる問題行為の合理性についての反論は採用できない。また、Xは、解雇の前に配置転換をすべきであったとか、最後の懲戒処分から解雇までの期間が短すぎる旨主張するが、上記のようなXの様子からすると、配置転換をしたり、もう少し様子を見たところで改善の見込みはない。

 したがって、Xについて、Yの就業規則所定の解雇事由に該当するものと認められる。

2 次に、Xは、Yにおいて、自身が精神疾患に罹患している可能性を把握できたのに、休職命令等の措置をとることなく強制的に心療内科を受診させたり、懲戒処分を続けたりした行為が不適切である旨主張する。

 しかし、Yは、Xの問題行動が目立ちだしてから産業医との面談を行わせたり、精神科医への受診及び通院加療を命じるなどしているのであり、Xの精神疾患の可能性について相当の配慮を行っていた。また、本件の事情からすると、Yが、Xに対して休職を命じるべき事情は認められない。

 そして、YのXに対する懲戒処分や指導等に対するXの対応を考慮すると、Yにおいて休職措置をとることなく本件解雇に及んだとしても解雇権を濫用したものということはできない。

第3 結語

 以上より、本件解雇は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められるから、解雇権濫用にあたらず有効である。よって、Xの請求には理由がない。

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