労働判例㉗(ビジネクスト事件、東京乗用旅客自動車厚生年金基金事件)

労働判例㉗(ビジネクスト事件、東京乗用旅客自動車厚生年金基金事件)

2021/01/21 ビジネクスト事件労働判例厚生年金基金

労働経済判例速報 2020年9月20日

【営業成績不振等による二度目の降格及び賃金減額は無効とされたが、暴行等の言動による普通解雇は有効とされた例】⇒東京地裁令和2年2月26日判決〈ビジネクスト事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 原告(以下「X」という)は、平成28年5月9日、被告(以下「Y」という)との間で、期間の定め無し、賃金月額36万円で人材開発部長という内容の雇用契約を締結した。Yは、平成29年1月23日、Xに対して、業績不振等を理由として降格処分をするとともに賃金も月額28万円に減額した。さらに、Y、平成29年5月1日、Xに対して、取引先からのクレームやセクハラ行為、業績不振等を理由として職務グレードを引き下げる処分を行うとともに、賃金を月額22万9950円に減額した。同日、XはY代表取締役との打ち合わせの際に、同代表取締役に対して暴行を加えている。Yは、同年7月1日、Xの上記暴行や同僚や上司等への粗暴な対応、業績不振を理由として同年8月1日付で普通解雇する旨通知した。そこで、Xは、本件解雇は無効として労働契約上の地位確認を求めるとともに、解雇から訴え提起日までの未払賃金及び在職中の減給による差額賃金の支払い等を求めて提訴した。主な争点は、本件降格処分の有効性、本件解雇の有効性である。

第2 裁判所の判断。

 平成29年1月23日付降格処分は、役職職位の降格処分であるところ、Yにおいては、役職等により定められた賃金テーブルが就業規則や賃金規程とともに周知されていた。賃金テーブルによれば、役職の引き下げに伴って賃金が減額されることが労働契約上も予定されていた。そして、Xは部長の地位にありながらその業績は、一従業員にも劣っており、Yの指導によっても改善できなかったことから、部長の職を解かれる降格処分には相当な理由がある。したがって、月額賃金が8万円も減額され、Xの不利益が大きいことを考慮しても、Yが人事評価権を濫用したとはいえない。なお、役職の変更を伴うものである以上、労基法91条の適用はない。

 平成29年5月1日付降格処分について、Xは、取引先からクレームを受けたことについては認めており、業績不振についても改善はみられていない。しかし、セクハラ行為等の不適切な行為については、相手方にも相当の問題があった可能性があり、Xの一方的なハラスメントとは言い難い。そのため、同日付降格処分については、相当且つ十分な理由があったといえるかにつき疑問が残る。さらに前回の処分からわずか3か月の間になされ、減額分も5万円を超えることからすると、これを正当化するほどの事情もない。加えて、同日付処分は職務グレードが引き下げられただけで役職の変更を伴わないものであり、労基法91条にも抵触する。したがって、同日付降格処分は無効である。なお、同日付降格処分について、Xの自由な意思に基づく同意があったことも認められない(参考判例①②)。

 本件でXは、平成29年5月1日、YがXに対して行った業務指導や営業方針についての打合せを契機として、Y代表取締役に対して突如暴行を加えている。そうすると、Xの暴行が就業規則の解雇条項に該当するとしてなされた本件解雇は、客観的に合理的な理由があり、社会通念上も相当であるから、本件雇用契約は本件解雇により終了したものと認められる。

第3 結語

以上より、Xの請求は、平成29年5月1日付降格処分に伴う賃金減額分の支払い及びこれに対する遅延損害金の限度で理由があるが、その余の請求については理由がない。

〈参考法令〉

・労働基準法91条
 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の1日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。

〈参考判例〉

①最高裁平成2年11月26日判決(民集44巻8号1085頁『日新製鋼事件』)
 使用者が労働者の同意を得て労働者の退職金債権に対してする相殺は、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、労働基準法24条1項本文に違反しないとして、使用者が労働者の同意のもとに労働者の退職金再検討に対してした相殺が有効とされた事例。
②最高裁平成28年2月19日判決(民集70巻2号123頁『山梨県民信用組合事件』)
 労働契約の内容である労働条件は、労働者と使用者の個別の合意によって変更することができるが、使用者が提示した労働条件の変更が賃金に関するものである場合には、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても、労働者が使用者に使用されてその指揮命令に服するべき立場に置かれており、自らの意思決定の基礎となる情報を収集する能力にも限界があることに照らせば、当該行為をもって直ちに労働者の同意があったものとみるのは相当でなく、当該変更に対する労働者の同意の有無についての判断は慎重になされるべきである。そうすると、賃金の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断されるべきものと解するのが相当である。

労働経済判例速報2020.9.30

【厚生年金基金の加入員数減少に伴う特別掛金の一括徴収が認められた例】⇒東京地裁令和元年9月19日判決⇒東京高裁令和2年3月25日判決〈東京乗用旅客自動車厚生年金基金事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 タクシー事業を営む事業所等を設立事業所とする厚生年金基金である被告(以下「Y」という)は、その設立事業所の事業主である原告(以下「X」という)が平成26年10月7日に設立事業所以外の会社に営業車両20台を譲渡したことについて、これによりYの加入員数が減少したことを理由に、事業譲渡の場合に特別掛け金の一括徴収する旨の規約等に基づき、同年12月15日付で一括徴収金4000万円余りの納入告知処分を行った(第1処分)。また、Yは、XのY加入員数が平成22年3月末日から平成27年2月末日までの間に30%減少していることに着目し、20%に相当する人数以上の加入員が減少した場合に特別掛け金を一括徴収する旨の規約等に基づいて平成27年8月6日付で2600万円余りの納入告知処分を行った(第2処分)。これに対して、Xは、これらの処分が違法であるとしてその取り消しを求めて訴えを提起した。主な争点は、第1処分を厚生年金保険法138条5項、東京乗用旅客自動車厚生年金基金規約附則15条3項に基づいて行うことの適否、及び第2処分を法138条5項、附則15条7項に基づいて行うことの適否である。

第2 第1審裁判所の判断

1 基金においては標準掛金を徴収するが、その標準掛金の収入と現在保有している年金資産のみでは年金制度を維持するうえで財源が不足する場合に、加入員及び当該加入員が属する設立事業所から特別掛金を徴収している。そして、法138条5項は、基金から設立事業所が脱退する場合に積み立て不足があり、当該脱退事業所の従業員や退職者が今後当該基金から受け取る給付に係る不足分について他の設立事業所との公平を図る観点から、当該不足分について、当該脱退事業所からの特別掛金の一括徴収を認めたものと解される。そして、特別掛金の一括徴収について、設立事業所における加入員数の減少が当該設立事業所の意思に係るものであることを要件とする旨の法及び関連規定はないうえ、受給権の確保及び他の設立事業所との公平を図る必要性は当該減少が当該設立事業所の意思によるものか否かで変わるものではないから、設立事業所の加入員数が減少した場合の特別掛金の一括徴収は、当該減少が設立事業所の意思によるものであることを要件とすべきでない。附則15条3項は、Yに加入しているタクシー会社である設立事業所においては、通常、営業車両がなければ加入員数が増加してもタクシー運送事業をすることができないことから、営業車両の譲渡があれば加入員数も減少することになることに着目し、営業車両をYに加入していない設立事業所に譲渡した時点で、加入員数の減少が明確となったものとして特別掛金を一括徴収することとしたものと解される。そして、附則15条3項にも加入員数の減少について設立事業所の意思を要件とする旨の文言はないから、加入員数が減少した場合には、それが設立事業所の意思によるものであるか否かを問わず、同項の適用があるものと解すべきである。

 よって、本件における加入員数の減少はXの意思によるものではない等のXの主張は理由がない。なお、法138条5項は、加入員の受給権の確保及び他の設立事業所間の公平を図ることを目的としており、規約で定められた特別掛金の一括徴収を安易に免除することは許されないから、本件規約15条11項は、やむを得ない場合として代議員会で認められ場合にのみ一括徴収を猶予することを認めたものと解すべきであり、同項の規定上、免除するとの文言もないことから、同項が一括徴収の免除を認めたものと解すことはできない。

2 附則15条7項は、法138条5項を受けて定められたものであり、同項の趣旨に沿う合理的なものであり、加入員数の減少が設立事業所の事業主の意思によるものであることは要件とされていない。そして、本件で、Xの加入員数は、附則15条7項後段に該当するに至っている以上、Yは、同項を適用してXから特別掛金を徴収することができるというべきである。

3 以上より、第1処分及び第2処分はいずれも適法であり、Xの主張は理由がないため、Xの請求は棄却する。

第3 控訴審での追加主張

控訴審において、控訴人(第1審原告。以下「X」という。)は、第1処分について、①Xを含む設立事業所は多数の営業車両を所有しているところ、長年続く乗務員不足の影響により、高い稼働率を維持することができない状況が続いており、元々人手が足りずに稼働していない営業車両が存在すること等を理由に、営業車両の譲渡すなわち加入員数の減少ということにならないのであって、原判決のいう附則15条3項の趣旨は、実態に合致しておらず、原審は具体的な事情を勘案していないこと、

②附則15条11項に該当する以上、確定的に特別掛金の徴収を免除する運用がされていた以上本件でも免除されるべきこと、

第2処分について、③Xにおける加入員数の減少につき附則15条11項の「やむを得ないと認めた場合」に当たる事情が存在したか否かについて何ら具体的な検討・判断をすることなく、同項を適用しなかったことについて、被控訴人(第1審被告。以下「Y」という。)の裁量権の逸脱濫用があることを主張している。

そこで、主な争点としては、これらのXの主張の当否である。

第4 控訴審裁判所の判断

1 設立事業所は、通常、営業車両がなければ加入員数が増加してもタクシー運送業務をすることができないから、営業車両の譲渡があれば加入員数が減少するというのは自然な推論過程であって、その解釈が実態に合致していないとはいえない。また、附則15条3項には、加入員数の減少が設立事業所の意思によるものであることやその理由、営業車両の稼働率、譲渡回数等の具体的な事情を要件とする旨の文言は存在しないから、営業車両の譲渡により加入員数が減少した場合には、それが設立事業所の意思によるものであるか否か等の具体的な事情の有無にかかわらず、同項の規定が適用されるものと解すべきである。

2 本件規約附則15条11項は、あくまで同条1項から10項までに規定する債務を一括徴収する場合に当たるにもかかわらずYの代議員会でやむを得ないと認めた場合にはこの限りではないとするものであり、特別掛金の徴収を免除するという文言は使われておらず、法138条5項は、加入員の受給権の確保及び他の設立事業者間の公平を図ることを目的としており、規約で定められた特別掛金の一括徴収を安易に免除することは許されないから、同項は、一時的に1項から10項までに該当することになったに過ぎない場合等やむを得ない事情がある場合に、特別掛金の一括徴収を猶予することを認めたもの解すべきである。

3 Xが主張する長年続くタクシー業界の乗務員不足による稼働率の低下は、X以外の設立事業所にも共通する事象であると考えらえるから、それを理由に加入員数が減少したことを殊更に重要視して附則15条11項を適用することはむしろ相当ではない。そして、Xは、規約15条7項に該当する状況に至っていることからすると、Xにおける加入員数の減少が一時的なものとみるのは困難であり、Yが加入員数の減少に伴い、Xが将来において営業車両の一部譲渡を行う蓋然性が高いと判断し、第2処分をしたことが不合理とは言えず、これらの処分が恣意的なものないしYの裁量権の範囲を逸脱するものであるということはできない。

4 以上より、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却する。

〈参考法令等〉

・厚生年金保険法138条5項
基金の設立事業所が減少する場合において、当該減少に伴い他の設立事業所に係る掛金が増加することとなるときは、当該基金は、当該増加する額に相当する額として厚生労働省令で定める計算方法のうち規約で定めるものにより算定した額を、当該減少に係る設立事業所の事業主から掛金として一括して徴収するものとする。

・東京乗用旅客自動車厚生年金基金規約附則15条3項
この基金の設立事業所が道路運送法(中略)36条の規定により、一般自動車運送事業の全部又は、一部を譲渡したとき(他の設立事業所に引き継がれる場合を除く。)は、国土交通大臣の認可を受けた日(以下「譲渡日」という。)に当該譲渡に係る加入員(一部譲渡の場合は、平成24年度における平均加入員数に、一部譲渡した車両数を平成24年度における平均加入員数に、一部譲渡した車両数を平成24年度における平均車両数で除して得た率を乗じて得た加入員数とする(以下「本条において同じ」))につき未償却債務を確定し、当該設立事業所の事業主から一括徴収するものとし、事業主は譲渡日の属する月の翌月末日までに納付するものとする。ただし、譲渡日から6か月を経過した日の属する月の末日現在、当該設立事業所の加入員がこの基金の設立事業所の在籍しかつ、経過した6か月のうちで1か月以上の加入員期間を有する場合は、当該加入員に係る未償却債務は除くものとする。

・附則15条7項後段
更に当該設立事業所の毎月末の加入員数が平成22年3月末日の加入員数の10%に相当する人数以上の加入員数が減少する毎に、減少した加入員数に係る未償却債務を確定し徴収するものとする。

・附則15条11項
本条の規定にかかわらず代議員会でやむを得ないと認めた場合はこの限りではない。

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