労働判例⑬(朝日建物管理事件、エアースタジオ事件、品川労基署長事件)

労働判例⑬(朝日建物管理事件、エアースタジオ事件、品川労基署長事件)

2020/06/23 労働判例

労働経済判例速報2020.3.10

【口頭弁論終結時に有期雇用契約の契約期間が満了していた事実を斟酌しなかった原判決が破棄された例】⇒最高裁令和元年11月7日判決『朝日建物管理事件』

第1 事案の概要

 原告(被控訴人。被上告人。以下「X」という)は、被告(控訴人。上告人。以下「Y」という)との間で、平成22年4月1日、1年間の有期労働契約を締結し、同内容の労働契約で4回更新した。最後の更新において、契約期間は、平成26年4月1日から平成27年3月31日までとされていた。しかし、Yは、Xが配転命令に従わないことを理由として平成26年6月9日付でXを解雇した。これに対して、Xは、本件配転命令は違法無効であり、本件解雇も無効となると主張し、Yに対して雇用契約上の地位の確認を求めるとともに、本件解雇の日から判決確定の日までの賃金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。

 下級審における主な争点は、本件解雇が労契法17条1項の「やむを得ない事由」によるものといえるかである。

第2 裁判所の判断

1 第1審

 Yは、Xの職員間における人間関係の構築に対する認識及び言動について、改めるようXに求めていたが、Xがこれを改めなかったため本件配転命令に踏み切ったと主張する。しかし、Xに対して嫌悪感を明らかにする従業員がいる一方で良好な関係を築いている従業員もいることからすると、まずは、不満とする点に関する具体的な事実関係や理由を調査・確認すべきであり、その結果に基づき、当事者双方に対する適切な指導を重ねるのが相当というべきである。しかし、Yにおいては、上記人間関係につき、どのように具体的な事実関係を調査、確認をしたかが明らかではなく、Xに対する指導も抽象的なものにとどまっている。そのため、本件配転命令は性急に過ぎるとの感が否めない。他方で、Xが市に相談に行ったことで、市の担当者から注意を受け今後の契約に支障をきたすのではないかという危機感から、Yが事態の収拾に焦っていたようにもうかがえる。

 そうすると、本件では、Yにおいて未だ具体的な事実関係の把握が乏しいうえ、人間関係の渦中にあるXに対して十分な指導が行われたとは認めがたく、Yとしては、Xの問題のある態度を具体的に把握し、Xにこれを指摘して改善を求め、その改善が認められない場合に初めて解雇に踏み切るべきである。よって、本件解雇は、未だ合理性ないし社会的相当性のあるものとは認められず、「やむを得ない事由」は認められないため、無効である。

2 原審

 Yは控訴し、平成27年3月31日に本件労働契約は期間満了で終了しているため、それ同年4月1日以降の賃金請求権は否定されるべきという旨の主張をしている。

 しかし、原審は、この点について、契約期間の満了により本件労働契約の終了の効果が発生するか否かを判断することなく、Xの請求を平成27年4月1日以降の賃金の支払い請求も含めて全部認容した。

3 最高裁

 本件事実関係によれば、最後の更新後の本件労働契約の契約期間は、Xが主張する平成26年4月1日から平成27年3月31日までであるところ、第一審弁論終結時(平成29年1月26日)において、上記契約期間が満了していたことは明らかであるから、第1審はXの請求の当否の判断にあたり、この事実を斟酌する必要があった。そのため、本来第1審で審理されるべきであった事実を、原審においてYが指摘したからと言って時機に遅れた攻撃防御方法の提出にあたるとは言えないし、仮に当たるとしても、この事実を斟酌しなくてよいということにはならない。

 それにもかかわらず、原審は、上記事実を斟酌せず、期間満了により本件労働契約の終了の効果が発生するかどうかを判断することなく、Xの請求を認容している。

第3 結語

 以上からすると、原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。したがって、原判決中、労働契約上の地位の確認請求及び平成27年4月1日以降の賃金の支払い請求を認容した部分は破棄を免れない。

〈参考法令〉

・労働契約法17条1項

 使用者は、期間の定めのある労働契約(以下この章において「有期労働契約」という。)について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。

【劇団員の裏方業務の遂行について労働基準法上の労働者性が肯定された例】 ⇒東京地裁令和元年9月4日判決〈エアースタジオ事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 原告(以下「X」という)は、被告(以下「Y」という)の下で劇団員として活動していたが、賃金及び割増賃金について未払いがあるとして、雇用契約に基づく賃金支払請求権に基づき、428万5143円及びこれに対する遅延損害金(賃確法6条1項)の支払い並びに付加金請求(労基法114条)として355万6074円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めるとともに、Yが劣悪な労務環境の中Xに労務提供させた行為等について不法行為に基づく損害賠償請求として300万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。主な争点は、①Xの労基法上の労働者性、②実労働時間である。

第2 裁判所の判断

1 労基法上の労働者と認められるか否かは、契約の名称や形式に関わらず、一方当事者が他方当事者の指揮命令の下に労務を遂行し、労務の提供に対して賃金を支払われる関係にあったか否かにより決せられる。そして、両当事者が労働者と使用者の関係にあったといえるためには、原告が、劇団の業務について諾否の自由を有していたか、業務を行うに際し時間的場所的な拘束があったか、労務を提供したことに対する対価が支払われていたかなどを検討すべきである。

 本件では、劇団の裏方作業であるセットの入れ替えや音響照明の業務、小道具の準備・変更業務について、Xにおいて、担当しないことを選択する諾否の自由はなく、業務を行うに際しては、時間的場所的拘束があったものと認められる。そして、Yは、裏方業務に相当な時間を割くことが予定されている劇団員に対して月額6万円を支給していたが、これは、裏方業務に対する対価であると考えるのが相当である。

 そうすると、Xは、Yの指揮命令に従って労務の提供をし、これに対して、Yから一定の賃金の支払いを受けていたものと認められるから、労働者(労基法9条)に該当する。

2 Xは、裏方業務にある程度の時間を割いていたことはうかがわれるものの、実労働時間を算定するための客観的証拠がほぼ存在しないことに鑑み、謙抑的に実労働時間の認定を行う。すなわち、業務の予定表が残っているものは予定表のとおりに、予定表がなく手帳に業務に従事する予定が時間とともに記載されているものについては手帳記載のとおりに業務に従事し、休憩が2時間あったものと認め、手帳に業務に従事したことが記載されつつもの予定時間の記載がない場合には予定表の期間の平均時間を業務に従事した時間として認定する。

第3 結語

 以上を前提とすると、本件における未払い賃金は合計51万6502円となり、この限度においてXの請求は理由がある。なお、未払い割増賃金は発生していないため、付加金の請求には理由がない。また、Y側のXに対する不法行為についても、Xの労基署への相談を取り下げるように促すという行為はそれ自体、適切な行為とはいいがたいが、その状況を具体的に認めるに足りる的確な証拠がないため、不法行為法上違法な態様で行われたとまでは言えない。

〈参考法令〉

・労働基準法9条

 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

労働経済判例速報2020.3.20・30

【違法行為の強要や上司の暴言等を理由とする業務災害が否定された例】⇒東京地裁令和元年8月19日判決〈品川労基署長事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 原告(以下「X」という)は、平成24年4月、訴外会社と雇用契約を締結し、業務に従事していたが、同26年1月31日から休職し、同年7月30日に休職期間満了を理由に自主退職扱いとなった。Xは、訴外会社の上司からサービス残業や独禁法に違反する違法行為を強要され、またパワハラを受けたこと等により、抑うつ状態・適応障害(以下「本件疾病」という)を発病したために休職に至ったとして、労基署長に労災保険法の規定による休業補償給付の請求をしたが、不支給とされた。そのためXは、平成29年8月7日、この不支給処分が違法であるとして取り消しを求めて本件訴えを提起した。主な争点は、本件疾病について、業務起因性が認められるかである。

第2 裁判所の判断

1 業務起因性の有無に関しては、業務と精神障害の発病との間に相当因果関係があるかどうかにより判断し(参考判例①②)、相当因果関係の有無の判断については、認定基準(参考①)を参考としながら、精神障害の発病に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌して判断するのが相当である。

2 本件疾病の発病時期については、Xが労災保険給付請求をした際に申告した平成25年9月頃と考えるのが相当である。

3⑴ Xには、認定基準にいう「特別な事情」にあたる出来事はないから、それ以外の「具体的出来事」の有無及びこれによる心理的負荷の強度を検討する。

 ⑵ア 本件疾病の発病前概ね6か月の間におけるXの時間外労働時間数は、Xが労災請求時に申告したところによっても、月19時間弱から25時間弱にとどまる。よって、これによる心理的負荷の強度は「弱」である。

  イ 訴外会社は、防音設備等の設置業務を営んでおり、当該市場は訴外会社を含む4社の寡占状態にあったといえるが、そのシェアは随時変化していたのであり、訴外会社としても真摯な営業努力を続ける必要があったものと認められ、Xが主張するようなカルテルの存在は認められない。したがって、心理的負荷も認められない。

  ウ Xは、上司から厳しい口調で指導・叱責されることはあったが、それは同じミスを繰り返すXに対して成長を促すためになされたものであり、当該上司は、Xが当該業務をミスなくこなせるようになるまで根気強く指導していることからすると、単に嫌がらせ等のために厳しい指導等を行ったということはできない。また、上司がXに対して暴行を加えたという事実も認められない。なお、Xが入社して間もない時期に、頭を5,6回はたくといった上司の相当性を欠く行為があったことは否定できないが、このような行為がその後も継続していたとは認められないため、本件疾病に影響を与えたと考えるのは困難である。

 以上からすると、上司からの厳しい指導等に関する心理的負荷の強度は「中」にとどまる。

第3 結語

 以上より、Xには、本件疾病の発病前概ね6か月の間に、当該出来事による心理的負荷の強度が認定基準にいう「強」に該当する具体的出来事の存在を認めることができず、上記アないしウを総合評価しても「強」にはならない。そして、その他証拠を見ても、Xが従事していた業務と本件疾病の発病との間に、平均的な労働者を前提として危険の現実化としての相当因果関係を認めるに足りる事情はない。

 よって、本件疾病は、労基法75条2項及び労基法施行規則35条に規定する業務上の疾病には当たらず、本件不支給処分は適法である。

〈参考〉

 「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(平成23.12.26基発1226第1号)

〈参考法令〉

・労働基準法75条

1 労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかつた場合においては、使用者は、その費用で必要な療養を行い、又は必要な療養の費用を負担しなければならない。
2 前項に規定する業務上の疾病及び療養の範囲は、厚生労働省令で定める。

・労働基準法施行規則35条

 法第75条第2項の規定による業務上の疾病は、別表第一の二に掲げる疾病とする。

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