労働経済判例速報 2020年9月10日号
【長年従事してきた業務からの変更を伴う出向元への復帰命令について権利濫用が否定された例】⇒東京高裁令和2年2月20日判決〈相鉄ホールディングス事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
被控訴人(第1審被告。以下「Y」という)の従業員である控訴人(第1審原告。以下「X」という)が、Yのバス事業がその子会社であるS株式会社(以下「S」という)に譲渡されるのに伴い、Sに在籍出向し、バス運転業務に従事していたところ、Yから、出向の解除が命じられ、バス運転業務に従事することができなくなった。そこで、Xは本件復職命令は無効であるなどと主張して、Xがバス運転士以外の業務に従事する義務がない労働契約上の地位にあることなどの確認を求めて訴えを提起した。主な争点は、本件復職命令の適法性である。
第2 裁判所の判断
1 労働者が使用者との間の雇用契約に基づく従業員たる身分を保有しながら第三者の指揮監督のもとに労務を提供するという形態の出向が命じられた場合において、その後出向元が、出向先の同意を得た上、その出向関係を解消して労働者に対し復帰を命ずることについては、出向元へ復帰させないことを予定して出向が命じられ、労働者がこれに同意した結果、将来労働者が再び出向元の指揮監督のもとに労務を提供することはない旨の合意が成立したものとみられるなどの特段の事由がない限り、当該労働者の同意を得る必要はないものと解するのが相当である(参考判例)。
2⑴ 本件労働協約が、本件バス事業分社の際のYの従業員について、Sへの在籍出向とし、労働条件について補填を実施することを約することにより、バス事業に従事するY所属従業員らの処遇を将来に向けて定めたものであるとしても、そのことをもって、Yが一定の期間の経過又は一定の解除条件の成就までは出向元への復職を命じないとの合意があったということはできない。さらに、本件労働協約の締結を経て本件バス事業分社がされてから3年半しか経過していないこと、この間Yにおけるバス事業に係る経営上の見通しについて、本件労働協約が締結された時点と比較して特段の変化があったという事情はないことを考慮しても、YがXの出向元として、Xらに対して復職を命じることができないと解するべき特段の事由があるものとはいえない。
⑵ Yにおいて、Yの出向補填費がSのバス事業の営業利益を上回っているという状況があり、バス事業の収支を改善する必要があったことからすると、その方策として出向補填費の削減を図ろうとすることに合理性はある。また、S籍の社員とYからの在籍出向者との間には、手当の支給条件や休暇の有無、有給無休の違い等に差異があり、これらを解消し労務管理を効率化するためにYからの在籍出向を解消する必要性がある。
以上の事情からすると、本件復職命令には、業務上の必要性・合理性があったと認められる。
第3 結語
以上より、本件復職命令は権利濫用にあたらず適法であるといえ、Xの主張には理由がない。
〈参考〉
Xは本判決を不服として最高裁判所に上告をしていたが、令和2年10月29日付で上告が棄却されている。【転籍拒否の相鉄バス運転手ら敗訴確定、最高裁(産経新聞・2020年11月2日より)
〈参考判例〉
・最高裁昭和60年4月5日判決(民集39巻3号675頁『古河電気工業・原子燃料工業事件』)
原子燃料製造部門を独立させ、他社の同種部門と合併して設立した新会社へ従業員を在籍出向させた場合において、当該従業員が出向元会社への服飾命令を拒否したことを理由としてなされた当該出向元会社による懲戒解雇の効力が争われ、復帰命令の効力に関して一般論として、在籍出向の場合、出向関係を解消して労働者に対し復帰を命ずるについては、特段の事由のない限り、当該労働者の同意を得る必要はないものと解すべきであるとして懲戒解雇が有効であると判断された事案。
労働経済判例速報2020.9.20
【休憩時間が勤怠システムの記録より少ないとされ、時間外70時間・深夜30時間相当の労働時間の固定残業代支払いが認められた例】⇒東京地裁令和元年12月12日判決〈レインズインターナショナル事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、平成24年5月、被告(以下「Y」という)との間で、正社員として期間の定めのない労働契約を締結し、1日の所定労働時間を8時間、1週間の所定労働時間を40時間として、始・終業時刻の定められた「パターン」に従って勤務していたが、平成28年10月25日、退職した。Yの給与規定中には、固定割増手当に関する規定及び時間外勤務・深夜勤務の手当てについては、固定割増手当により支給されている部分については支払わないとの規定があった。Xは、Yに対して、Yの認識よりも多くの時間外労働等をし、かつ固定残業代の支払いが無効であると主張して、未払い割増賃金871万2299円の支払い等を求めて訴えを提起した。主な争点は、Xの労働時間及び固定割増手当の有効性である。
第2 裁判所の判断
1 Yでは、外食産業等向けの営業支援システムにより従業員の労働時間を管理していたが、Xの時間外労働時間数を抑える目的でXが勤務する店舗を担当するエリアマネージャーの指示により本件システム記録が修正されることがあったことは認められる。もっとも、シフト表記載の出退勤時刻は勤務の予定に過ぎないからその記載のみから直ちに現実にXが記載通りの就労をしたとは認められず、レジ記録についても、他の者がXの担当者コードを使用してレジを打つことは常態化していたことから、これを根拠としてXの労働時間を認定することはできない。そこで、Xの始終業時刻については、本件システム記録のうち、修正がなされる前の時点の記録をもとに認定するのが相当である。
また、Xが勤務する店舗について、忙しい時期があったとしても、休憩時間をとること自体は可能であったといえる。しかし、時期によって繁忙度が異なることを考慮すると、十分な休憩をとることができなかった日もありうること、本件システムの仕様上自動的に休憩時間が記録されるため実態と合致していないこと等を考慮すると、Xの休憩時間の平均は、午後10時より前の時間帯が15分、それ以降の時間帯が15分と認めるのが相当である。
2 労基法37条に関する最高裁判例の見解(参考判例①、②、③)によると、使用者は労働者に対し、雇用契約に基づき、時間外労働等に対する対価として定額の手当てを支払うことにより、同条の割増賃金の全部または一部を支払うことができる。対価性についても最高裁判例の見解(参考判例③)の判断枠組みにより判断する。
本件固定割増手当について検討すると、給与規定における賃金の種類、本件固定割増手当規程の規定ぶり及び時間外勤務手当の算定方法に照らすと、Yの賃金体系上固定割増手当は時間外労働及び深夜労働に対する対価であることは明らかにされているというべきである。そして、実際にXに支払われた固定割増手当の額は基本給を基礎賃金として計算した70時間の時間外労働と、30時間の深夜労働に対すると割増賃金の額を概ね一致する。さらに、Yは、割増賃金の額が固定割増手当の額を上回る場合にはその差額を支払っていたことを考慮すると、本件労働契約上、固定割増手当は時間外労働及び深夜労働に対する対価であるとされているとみるべきである。
第3 結語
以上より、Yは、Xに対して、労働契約に基づき未払割増賃金78万1032円及びこれに対する遅延損害金の支払い義務を負う。なお、本件割増賃金の不払いは、本件システム記録の修正などに起因するものであって、割増賃金の不払いに何ら合理的理由はなく悪質であり、Xの時間外労働が長時間にわたっていることも併せて考慮すると、Yに対しては同額の付加金の支払いを命ずるのが相当である。
〈参考判例〉
①最高裁昭和47年4月6日判決(民集26巻3号397頁『静岡県教職員事件』)
県立学校教職員の勤務時間外における職員会議への参加が所属学校長の職務命令に基づくものとされた例
②最高裁平成29年7月7日判決(集民256号31頁『医療法人社団康心会事件』)
勤務医の雇用契約上、時間外労働等に対する割増賃金が年俸1700万円に含まれることが合意されていた事案において、労基法37条の趣旨は、割増賃金の支払いによって時間外労働等を抑制するとともに労働者への補償を行おうとするものであり、同条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、労働契約における基本給等の定めにつき、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とを判別できることが必要であると解され、割増賃金の算定方法は、同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下、これらの規定を「労基法37条等」という)に具体的に定められているところ、同条は、労基法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではないとしつつ、本件合意では上記判別をすることができず、本件の年俸の支払いにより時間外労働及び深夜労働に対する割増賃金が支払われたということはできないとされた例。
③最高裁平成30年7月19日判決(集民259号77頁『日本ケミカル事件』)
雇用契約上のある手当が、時間外労働、休日同労及び深夜労働に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容の外、使用者の労働者に対する当該手当てや割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断されるが、当該手当ての支払いによって割増賃金の全部又は一部を支払ったものといえるために、労働者が当該手当てを上回る金額の割増賃金の発生を認識して直ちに支払いを請求できる仕組み、その仕組みが誠実に実行されていること、基本給と手当の適切な金額のバランス、その他労働者の福祉を損なう要因がないことは必須ではないとされた例。