労働経済判例速報 2020.8.10
【固定残業代に関する合意が有効と判断された例】⇒札幌地裁苫小牧支部令和2年3月11日判決〈ザニドム事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、被告(以下「Y」という)の顧客及び従業員の送迎等を行うドライバーとして平成28年3月1日にYとの間で雇用契約を締結し、Yに勤務していたが、平成28年7月1日から平成29年10月31日までの時間外労働、休日労働及び深夜労働に対する割増賃金の未払いがある旨を主張して、雇用契約に基づいて合計349万7521円及びこれに対する遅延損害金等の支払を求めた。主な争点は、Xの実労働時間、固定残業代合意の有効性である。
第2 裁判所の判断
1 Xは自身の実労働時間数について、車両日程表に基づいて算定すべきである旨主張するが、同表は、業務内容、業務時間等の予定が記載された書面であるのに対し、運転日報は、Xが実際に行った業務内容、業務時間等を自ら記載してYに提出していた書面であるから、運転日報に基づきXの実労働時間を算定するのが相当である。運転日報記載の休憩時間については、突発的に運転業務以外の業務に従事したことは認められるものの、直ちに運転業務の待ち時間すべてについてYの指揮監督下にあったと推認することは困難であり、他にそのような事情を示す証拠もないことから、運転業務以外の業務については運転日報に記載されたものに限って考慮するのが相当である。また、運転業務に付随する業務としては、車両の点検業務及び車内清掃業務を考慮するのが相当である。
2 YはXに対し、採用前の面接時において、Xの給与体系が日給制であり、日給の中には基本給と固定残業代部分が含まれることなどを説明していることを説明し、さらに、雇用契約締結時には、Xに対して、日給の内訳として基本日給及び割増分日給の記載がある「雇用契約書兼労働条件通知書」の内容を示して説明していることが認められる。このように、「雇用契約書兼労働条件通知書」には、基本日給と割増分日給が明記されており、Xは、これに複数回署名押印していることからすると、形式的にも実質的にも基本給部分と固定残業代部分が明確に区分されていないとはいえない。そうすると、XY間には固定残業代に関する合意が有効に成立していたものと認めるのが相当である。
第3 結語
以上より、本件で未払い割増賃金として認定できる4094円及びうち3987円に対する遅延損害金の支払いを求める部分については理由があるが、その余の請求については理由がない。
〈参考法令〉
労働基準法37条
1 使用者が、第33条又は前条第1項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の2割5分以上5割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。ただし、当該延長して労働させた時間が1箇月について60時間を超えた場合においては、その超えた時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の5割以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
2 前項の政令は、労働者の福祉、時間外又は休日の労働の動向その他の事情を考慮して定めるものとする。
3 使用者が、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合があるときはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がないときは労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第1項ただし書の規定により割増賃金を支払うべき労働者に対して、当該割増賃金の支払に代えて、通常の労働時間の賃金が支払われる休暇(第39条の規定による有給休暇を除く。)を厚生労働省令で定めるところにより与えることを定めた場合において、当該労働者が当該休暇を取得したときは、当該労働者の同項ただし書に規定する時間を超えた時間の労働のうち当該取得した休暇に対応するものとして厚生労働省令で定める時間の労働については、同項ただし書の規定による割増賃金を支払うことを要しない。
4 使用者が、午後10時から午前5時まで(厚生労働大臣が必要であると認める場合においては、その定める地域又は期間については午後11時から午前6時まで)の間において労働させた場合においては、その時間の労働については、通常の労働時間の賃金の計算額の2割5分以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
5 第一項及び前項の割増賃金の基礎となる賃金には、家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。
労働経済判例速報 2020.8.20
【雇用主と同視できる程度の支配力を有していないため、労組法上の使用者には当たらないと判断された例】⇒東京地裁令和元年12月16日判決〈中労委(学校法人Y大学)事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、株式会社Z1に雇用され、補助参加人(以下「W」という)の設置するY大学において保安警備業務に従事していたZ2が加入している労働組合である。Xは、東京都労働委員会に対し、WがZ2の解雇に関する団体交渉申入れに応じなかったことが労働組合法7条2号の不当労働行為に該当するとして救済申立てを行ったところ、都労委は、同申立てを棄却したので、Xは、中央労働委員会に再審査申立てを行ったが、中労委もこれを棄却した。そこで、Xは、中労委がした判断に誤りがあると主張して、行政事件訴訟法によりその取り消しを求めた。主な争点は、WがZ2の使用者に該当するか否かである。
第2 裁判所の判断
1⑴ 一般に使用者とは労働契約上の雇用主をいうものであるが、労働法7条が団結権の侵害に当たる一定の行為を不当労働行為として排除、是正して正常な労使関係を回復することを目的としていることに鑑みると、雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、その事業主は同条の使用者に当たるものと解するのが相当である(参考判例)。
⑵ 本件では、Z2は、WとZ1との業務委託契約に基づき、Wの設置する大学構内において保安警備業務に従事していた者であり、Wは、Z2の労働契約上の雇用主ではない。しかしながら、本件団体交渉事項は、雇用契約の雇用管理一般の問題が議題とされているわけではなく、専ら雇用終了についての責任を議題とするものであった。
⑶ そうすると、本件団体交渉事項との関係において、WがZ2の労組法7条の「使用者」であるというには、Z2の雇用終了の決定について、雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的な支配力を有していることが必要であり、かつ、それで足りるというべきである。
2 Xは、WからZ1に対して本件解雇を行うよう指示したことを理由に、WはZ2の雇用の終了の決定について雇用主と同視できる程度に支配力があると主張する。
確かに、Wの従業員であるZ3がZ1に対してZ2のセクハラの噂について伝えたという事実は認められる。しかし、Z2には、鍵の紛失や横柄な言葉遣い、感情的な話し方、学生がいるのに勝手に電気を消して問題になった等、Z1においてZ2を解雇する動機はあったと認められる。また、Z1が、本件解雇について、労働組合等に対し、Wの指示により行われたなどと説明しているように、本件解雇の責任をあからさまにWに転嫁していることからすると、Z1がWの意向には逆らえないという関係あったとは認められない。
以上からすると、Wが、Z1に対して、Z2の解雇を指示したと認めることはできない。
また、WがZ2をはじめとする警備員に対し、特別な警備体制をとるときに一時的に直接業務指示を行っていた実態があったとしても、それ故に、Wが、Z2の雇用終了について、現実的かつ具体的な支配力を有すると認めることはできない。
第3 結語
以上より、Wが、Z1にZ2の解雇を指示した事実は認めることができず、Z3がZ1に対してZ2のセクハラの噂について伝えたことは、本件解雇に関するZ1の判断に影響を及ぼした可能性があるにすぎず、本件解雇は、雇用主であるZ1の責任と判断において決定、実行されたと認めるのが相当である。
したがって、WがZ2の雇用終了について雇用主と同視できる程度に現実的かつ具体的な支配力を有していると認めることはできず、WはZ2との関係で「使用者」には該当しない。
〈参考判例〉
・最高裁平成7年2月28日判決(民集49巻2号559頁『朝日放送事件』)
〈参考法令〉
・労働組合法7条
使用者は、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一 労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもつて、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること又は労働者が労働組合に加入せず、若しくは労働組合から脱退することを雇用条件とすること。ただし、労働組合が特定の工場事業場に雇用される労働者の過半数を代表する場合において、その労働者がその労働組合の組合員であることを雇用条件とする労働協約を締結することを妨げるものではない。
二 使用者が雇用する労働者の代表者と団体交渉をすることを正当な理由がなくて拒むこと。
三 労働者が労働組合を結成し、若しくは運営することを支配し、若しくはこれに介入すること、又は労働組合の運営のための経費の支払につき経理上の援助を与えること。ただし、労働者が労働時間中に時間又は賃金を失うことなく使用者と協議し、又は交渉することを使用者が許すことを妨げるものではなく、かつ、厚生資金又は経済上の不幸若しくは災厄を防止し、若しくは救済するための支出に実際に用いられる福利その他の基金に対する使用者の寄附及び最小限の広さの事務所の供与を除くものとする。
四 労働者が労働委員会に対し使用者がこの条の規定に違反した旨の申立てをしたこと若しくは中央労働委員会に対し第27条の12第1項の規定による命令に対する再審査の申立てをしたこと又は労働委員会がこれらの申立てに係る調査若しくは審問をし、若しくは当事者に和解を勧め、若しくは労働関係調整法(昭和21年法律第25号)による労働争議の調整をする場合に労働者が証拠を提示し、若しくは発言をしたことを理由として、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること。
【懲戒処分及び賞与不支給が労組法7条1号、3号の不当労働行為に該当すると認められた例】⇒東京地裁令和元年11月28日判決〈中労委(社会福祉法人 祐愛会)事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、特別養護老人ホーム(以下「本件施設」という)を運営しているが、Xに雇用されていた労働者Aに対し、Aの注意義務違反により本件施設の入居者Vを危険な状態に陥らせたとして減給の懲戒処分を行ったり、人事考課における低評価等を理由として賞与を支給しなかった。これについて、沖縄県労働委員会及び中央労働委員会がともに労組法7条1号、3号の不当労働行為に該当するとの判断をした。そのため、Xは、中労委の上記判断に基づく命令の取り消しを求めて訴えを提起した。主な争点は、本件懲戒処分及び賞与不支給が労組法7条1号及び3号の不当労働行為に該当するか否かである。
第2 裁判所の判断
1⑴ Xは、Aに重大な注意義務違反があったためにVの体調が急変し、危険な状態に陥ったとして、本件懲戒処分を行っている。しかし、本件体調悪化については、Aに注意義務違反は認められず、また、Aの当日の行為とVの体調悪化との間に相当因果関係を認めることはできないため、本件懲戒処分は客観的に合理的な理由を欠く。さらに、Vの介護にかかわっていた他の職員らに対する処分の有無や内容と比較して、本件懲戒処分は、処分の均衡を欠き、社会通念上相当であるということもできないため本件懲戒処分は無効であり(労契法15条)、Aに対する不利益な取扱いに当たる。そして、Aが組合を結成して以降、Xはその組合員に不利益な処遇を繰り返していたことや、本件懲戒処分当時、Xと本件組合との間に対立が生じていたことを考慮すると、本件懲戒処分はAが本件組合員であることをもってなされたと考えるのが相当である。
⑵ Xは、Aの人事考課の総合評価が1点であったことやAの行事不参加数の多さから平成27年6月度賞与を不支給としている。しかし、人事考課の総合評価が1点となっている主な理由がVの体調悪化における注意義務違反にあると認められるところ、そもそもAにそのような注意義務違反は認められない。またほかの職員と比べて、Aの職務水準が劣るという事実も認められない。さらに、行事等については、Aが参加できない日程で行事が開催される場合が多かったためAは参加できなかっただけであり、また、そのことが人事考課の総合評価を1点にまで引き下げる要因にはならない。
そうすると、人事考課に関しては、Xに一定の裁量が認められるとしてもAの総合評価を1点としたのには裁量を逸脱した不合理な取扱いであるというべきであり、本件賞与不支給はAに対する不利益な取扱いに当たると認めるのが相当である。そして、このような取扱いは、本件組合員ではない他の職員にはなされていないことからすると、本件賞与不支給はAが本件組合員であることをもってなされたものといえる。
⑶ 以上より、本件懲戒処分及び本件賞与不支給は労組法7条1号の不当労働行為に該当する。
2 Xは本件組合が結成されて以降、組合員に対し不当労働行為を繰り返しており、本件懲戒処分等が行われた時点においては本件組合員はAのみとなっていたことに照らすと、本件懲戒処分等は、組合活動を委縮させるのみならず、組合の存続自体に支障を生じさせるという意味でも組合の弱体化につながる行為であるといえ、Xはこのことを認識しつつこれらの行為を行ったと認められるから、本件懲戒処分等は労組法7条3号の不当労働行為に該当する。
第3 結語
以上より、本件命令の判断は正当であり、Xの請求には理由がない。
〈参考法令〉
・労働契約法15条
使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。