労働経済判例速報2020.7.20
〈重要〉【有期雇用契約における5年の更新上限年数の設定に基づく雇止めが無効とされた例】⇒福岡地裁令和2年3月17日判決〈博報堂事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、昭和63年4月、被告(以下「Y」という)との間で1年ごとの有期雇用契約を締結し、これを29回にわたって更新、継続してきた。ところが、Yは、平成20年4月1日、Yの就業規則を改訂し、雇用期間を最長で5年とする旨(以下「最長5年ルール」)の条項を設けた。当初は、Xは、最長5年ルールの対象外であったが、平成24年の労働契約法改正により、同25年4月1日以降に有期雇用契約を締結する場合、5年を超えて契約を更新すると無期転換申込権が認められることになったことを受けて、同25年4月1日を起算点としてXも最長5年ルールの対象とされた。その後、Xは、平成29年12月7日、本件雇用契約の更新を求めたが、Yは更新を拒絶し、同30年3月31日をもって契約期間が満了した。そこで、Xは、本件雇止めは無効であると主張して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めて提訴した。主な争点は、①労働契約終了の合意の有無、②労働契約法19条1号又は2号の該当性、③本件雇止めにおける客観的に合理的な理由及び社会的相当性の有無である。
第2 裁判所の判断
1 Xは、平成25年から、平成30年3月31日以降に契約を更新しない旨が記載された雇用契約書に署名押印しており、そのような記載の意味内容についても十分に認識していたと考えられる。もっとも、約30年にわたり本件雇用契約を更新してきたXにとって、Yとの有期雇用契約を終了させることは、その生活面及び社会的な側面からも大きな変化をもたらし、負担を伴うものといえることから、本件雇用契約を終了させる合意を認定するには慎重を期す必要があり、これを肯定するには、Xの明確な意思が認められなければならない。しかしながら、不更新条項が記載された雇用契約書への署名押印を拒否することは、Xにとって、本件雇用契約が更新できないことを意味するのであるから、本件雇用契約書に署名押印していたからといって直ちに、Xが本件雇用契約を終了させる旨の明確な意思を表明したものとみることはできない。したがって、本件雇用契約書の不更新条項の記載は、雇止めの予告とみるべきであり、Yは、平成30年3月31日にXを雇止めしたものというべきである。
2 まず、Yは平成25年以降、Xに対して最長5年ルールを適用し、毎年契約更新通知書をXに交付したり、面談を行っていたことからすると、本件雇用契約全体を期間の定めのない雇用契約と社会通念上同視することは困難であるため、労働契約法19条1号には該当しない。
他方で、Yは、Xを新卒で採用して以降、平成25年まで形骸化したというべき契約更新を繰り返してきたものであり、この時点においてXの契約更新に対する期待は相当に高いものがあったと認めるのが相当であり、その期待は合理的な理由に裏付けられたものというべきである。また、平成25年以降は、Xを含めて最長5年ルールの適用を徹底しているが、それも一定の例外が設けられており、このことはXにおいても認識していたのであるから、上記のようなXの契約更新に対する高い期待を大きく減殺するような状況にはなかった。したがって、Xの契約更新に対する期待は、労働契約法19条2号により、保護されるべきものということができる。
3 上記のように、Xには契約更新に対する高い期待が認められることからすると、Xを雇止めとするには、そのような期待を前提にしてもなお雇止めが合理的であると認めるに足りる客観的な理由が必要となる。この点について、Yは、人件費の削減や業務効率の見直しの必要性というおよそ一般的な理由を主張するが、本件雇止めの理由としては不十分と言わざるを得ない。また、Xのコミュニケーション能力に問題があった旨も主張するが、Xの能力において雇用を継続することが困難なほどの重大な問題があるともいえない。むしろ、Xを新卒から長期間にわたって雇用していたYにおいて、Xのコミュニケーション能力に関する問題点を指摘し、適切に指導教育が行われていないことからすると、この点を殊更に重視することは相当ではない。そして、他に本件雇止めを是認すべき客観的合理的な理由は見いだせない本件においては、Xが本件雇用契約の更新の申込みをしたのに対し、Yがこれを拒絶したことは、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことから、Yは従前の有期雇用契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなされる。
第3 結語
以上より、Xの請求は、Yに対し、雇用契約上の地位確認並びに平成30年4月1日から本判決確定の日までの賃金及び賞与の支払いを求める限度で理由がある。
〈参考判例〉
・最高裁平成30年9月14日(集民259号89頁『日本郵便(期間雇用社員雇止め)事件』)
6回ないし9回更新されてきた有期労働契約を、満65歳以後は更新しない旨の就業規則条項に基づき更新しなかった本件各雇止めについて、当該就業規則条項が労働者に周知され、同条項により満65歳以降は契約が更新されない旨の説明書面が交付されていた等の事情から、雇止めの時点において、当該各動労者が契約期間満了後も雇用が継続されるものと期待することに合理的な理由があったということはできないとされた例。
〈参考法令〉
・労働契約法18条
1 同一の使用者との間で締結された2以上の有期労働契約(契約期間の始期の到来前のものを除く。以下この条において同じ。)の契約期間を通算した期間(次項において「通算契約期間」という。)が5年を超える労働者が、当該使用者に対し、現に締結している有期労働契約の契約期間が満了する日までの間に、当該満了する日の翌日から労務が提供される期間の定めのない労働契約の締結の申込みをしたときは、使用者は当該申込みを承諾したものとみなす。この場合において、当該申込みに係る期間の定めのない労働契約の内容である労働条件は、現に締結している有期労働契約の内容である労働条件(契約期間を除く。)と同一の労働条件(当該労働条件(契約期間を除く。)について別段の定めがある部分を除く。)とする。
2 当該使用者との間で締結された一の有期労働契約の契約期間が満了した日と当該使用者との間で締結されたその次の有期労働契約の契約期間の初日との間にこれらの契約期間のいずれにも含まれない期間(これらの契約期間が連続すると認められるものとして厚生労働省令で定める基準に該当する場合の当該いずれにも含まれない期間を除く。以下この項において「空白期間」という。)があり、当該空白期間が6月(当該空白期間の直前に満了した一の有期労働契約の契約期間(当該一の有期労働契約を含む2以上の有期労働契約の契約期間の間に空白期間がないときは、当該2以上の有期労働契約の契約期間を通算した期間。以下この項において同じ。)が1年に満たない場合にあっては、当該一の有期労働契約の契約期間に2分の1を乗じて得た期間を基礎として厚生労働省令で定める期間)以上であるときは、当該空白期間前に満了した有期労働契約の契約期間は、通算契約期間に算入しない。
・労働契約法19条
有期労働契約であって次の各号のいずれかに該当するものの契約期間が満了する日までの間に労働者が当該有期労働契約の更新の申込みをした場合又は当該契約期間の満了後遅滞なく有期労働契約の締結の申込みをした場合であって、使用者が当該申込みを拒絶することが、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないときは、使用者は、従前の有期労働契約の内容である労働条件と同一の労働条件で当該申込みを承諾したものとみなす。
一 当該有期労働契約が過去に反復して更新されたことがあるものであって、その契約期間の満了時に当該有期労働契約を更新しないことにより当該有期労働契約を終了させることが、期間の定めのない労働契約を締結している労働者に解雇の意思表示をすることにより当該期間の定めのない労働契約を終了させることと社会通念上同視できると認められること。
二 当該労働者において当該有期労働契約の契約期間の満了時に当該有期労働契約が更新されるものと期待することについて合理的な理由があるものであると認められること。
【特定のプロジェクトのために雇用された職員の雇止めが無効とされ、無期雇用への転換が認められた例】⇒高知地裁令和2年3月17日判決〈高知県立大学法人事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、被告(以下「Y」という)との間で期間の定めのある労働契約を締結し、3回にわたり本件労働契約を更新した。Yは、3回目の更新を最後に、平成30年4月1日以降、本件労働契約の更新を行わなかった(以下「本件雇止め」という)。そのため、Xは、労働契約法19条に基づき、本件労働契約が更新され、その後通算契約期間が5年を超えたことから、同法18条1項に基づき、期間の定めのない労働契約に転換したなどと主張し、Yに対して、Xが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認等を求めて提訴した。主な争点は、①労働契約法19条各号該当性及び②本件雇止めの相当性の有無、③本件労働契約の無期労働契約への転換の有無である。
第2 裁判所の判断
1⑴ 本件労働契約に係る雇用の通算期間は、Xが関わるプロジェクトの終期を限度とするとされていたこと、更新の際に交付された労働条件通知書には、当該プロジェクトの予算措置の状況や業務の進捗状況を考慮して契約更新を判断する旨が明記されていること等からすると、本件労働契約は、当該プロジェクト終了時までに終了することが予定されており、その点については、XYにとって共通認識であったといえる。したがって、本件労働契約は、本件プロジェクト終了時までを契約期間として予定していた有期労働契約であるというべきであり、本件雇止めが無期労働契約に係る解雇の意思表示と同視できるものとはいえないため、労働契約法19条1号には該当しない。
⑵ 本件プロジェクトについて、Xは、平成24年12月13日、Y側の関係者から平成24年度を含め7年間の計画である旨のメールを受け取っていること、Yの副学長は、Xに対し、6年間の雇用継続は約束する旨の提案や、まずは1年間の契約でもどうかといった提案をしたこと、本件労働契約締結時に交付された労働条件通知書には契約を更新する場合があると明記されていたこと等を総合すると、本件労働契約締結時である平成25年11月1日において、Xは、本件労働契約は契約期間満了時に更新され、本件プロジェクトが終了する平成31年3月31日まで雇用が継続する期待を抱いていたと認められる。また、本件プロジェクトが他の大学とともに国からの補助金を得て実施される事業であるという性質からすると、プロジェクト自体が途中で終了するとは予想しがたかったこと、XがY大学外から招へいされた立場にあったことからすると、Xが契約締結時に本件プロジェクトが終了する平成31年3月31日まで雇用が継続されると期待したことには、合理的な理由がある。
また、Xは神奈川からY大学のある高知に生活の拠点を移していること、実際にプロジェクト期間中3回にわたって契約が更新されたこと、平成30年4月1日以降も本件プロジェクトが実施されることが決定していたことからすると、Xは本件労働契約の契約期間が満了する平成30年3月31日の時点において、労働契約が更新され、被告大学において勤務を継続できる旨の期待を抱いていたといえる。そして、本件プロジェクトが途中で終了するとは考えにくい事業であること等からすると、上記Xの期待は合理的な理由があるといえる。
よって、労働契約の期間満了時において、労働契約が更新されるものと期待することにつき合理的な理由があると認められるため、本件労働契約は、労働契約法19条2号に該当する。
2⑴ 本件雇止めは、被告における財政状況の悪化と本件プログラムに係るシステム構築作業の完了などを理由としてなされたものであり、労働者であるXの責めに帰すべき事由によるものとはいえないため、本件雇止めに客観的に合理的な理由があり、かつ、社会通念上相当であるといえるか否かを判断する際には、無期労働契約との差異を十分に踏まえつつ、整理解雇の場合に準じて、①人員削減の必要性、②雇止め回避努力、③人選の合理性および④手続きの相当性の各事情を総合的に考慮して判断する必要がある。これに加えて、本件雇止めがなされた時期が、雇止めがなされなければ、労働契約法18条1項に基づいて有期労働契約が期間の定めのない契約へ転換しうる時期にあったことも踏まえて検討する必要がある。
⑵ まず、Yの財政状況は客観的に悪化していたことは否定できないが、だからと言って、そのようなYの事情を一労働者であるXに一方的に転嫁することには疑問がある。そのため、Yにおいて人員削減の必要性があったとは認められるが、本件雇止めを正当化する事情としての程度は一定の限度にとどまる。
Yにおける人員削減に関する取り組みは財政状況改善の目的に適合するものである。また、Yは、Xに対して正職員採用試験の受験を勧めるなどしていたことからすると、Yにおいて、本件雇止めを回避するための努力を一応は行ったとはいえる。しかし、YX間で、Yの他の職場への配転や勤務時間や業務内容の変更に関する交渉等がなされていないことからすると、上記回避努力には不十分な面があったといわざるを得ない。
Yは、労務の必要性と賃金の多寡という一定の客観的基準に基づき、Xを削減対象との人員に選んだといえるが、Xを採用した際の経緯を正確且つ十分に把握していたとは言えないのであって少なくとも本件プロジェクトが終了する前の段階で、Xを対象とする人選は適切であったとは言い難い。
YのXに対する雇止めに関する説明や、正職員としての勤務を希望する場合には試験を受ける必要があること等についての説明は十分になされており、手続きに関しては、雇止めを否定するだけの事情は認められない。
以上からすると、本件プロジェクトが終了する前の段階でXを雇止めにしなければならない客観的な理由や社会通念上の相当性があったのかは疑問であり、他の方法もあったといえる。さらに、本件雇止めの時期に鑑みると労働契約法18条1項による転換を強く意識していたものと推認できる。したがって、Xに雇用契約が更新されるとの合理的な期待が認められるにもかかわらず、同条同項が適用される直前に雇止めを行うという法を潜脱するかのような雇止めを是認することはできない。
3 そうすると、本件労働契約は、平成30年4月1日から平成31年3月31日の期間も、第3回更新後の本件労働契約の労働条件と同一の労働条件で更新されたものと認められる。
もっとも、本件では、XからYに対して、平成30年4月1日以降、無期労働契約の締結を明示して申し込んだ事実は認められない。しかし、Xが明示的な申し込みをしなかったのは、本件雇止めを受けたためであること、Xは平成30年4月13日、本件訴訟を提起し、労働契約上の権利を有する地位にあること等を主張し、そのなかで労働契約法18条1項による転換に関しても言及していることからすると、遅くとも平成31年3月31日までの間に上記意思は表示されたと認められる。
第3 結語
以上より、本件雇止めが無効であり、本件労働契約について4回目の更新がなされた結果、Xの通算契約期間は約5年5か月となる。したがって、労働契約法18条1項により、Yは契約期間の定めを除く本件契約更新後の本件労働契約の労働条件と同一の労働条件で、上記申し込みを承諾したものとみなされる。よって、Xは労働契約上の権利を有する地位にあると認められる。