労働判例㉑(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件、学校法人N学園事件、マイラン製薬事件)

労働判例㉑(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件、学校法人N学園事件、マイラン製薬事件)

2020/10/07 労働判例

労働経済判例速報2020.6.30

【育児休業中の組織変更に伴う復職後の配置等の措置が均等法9条3項、育介法10条に反しないとされた事例】⇒東京地裁令和元年11月13日〈アメリカン・エキスプレス・インターナショナル・インコーポレイテッド事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

被告(以下「Y」という)の個人営業部のセールスチームのリーダーとして勤務していた原告(以下「X」という)が、産前産後休業および育児休業の取得を理由に、チームリーダーの役職を解かれる等の下記の措置が均等法9条3項及び育介法10条、Yの就業規則等又は公序良俗に違反し人事権の濫用であって違法無効であるとして、主位的に、Xの元々の職務上の地位にあることの確認を求め、予備的に復職後の地位で勤務する労働契約上の義務が存在しないことの確認を求めるとともに、不法行為又は雇用契約上の債務不履行に基づき損害賠償金2859万2433円及び遅延損害金の支払いを求めた事案。主な争点は、下記各措置が均等法又は育介法に違反するか否かである。

措置1-1

 平成27年7月、Xが産前休業に入った後、Xチームの仮のチームリーダーを選任し、平成28年1月、組織変更により新たなセールス部門を新設し、Xチームを消滅させた。

措置1-2

 平成28年8月1日、Xは育児休業等から復帰したが、Yは、Xを上記新セールス部門のアカウントマネージャーに配置した。

措置2

 平成29年1月、Yは組織変更により、複数のセールスチームを併合して新たなセールスチームを新設し、Aをチームリーダーとして配置した。

措置3

 Yは、X復帰後の最初の人事評価において、リーダーシップ項目の評価を最低評価の3とした。

措置4

 YはXに対し、復帰直後、個人営業部の共用スペースの席で執務するように指示し、平成28年9月から同年12月7日まで他フロアにある部屋で執務するよう指示した。

第2 裁判所の判断

1 Xは、育児休業等による休業中にYからチームリーダーの役職を解く旨の辞令やその連絡を受けたことはなく、仮チームリーダーが置かれたからといってXのチームリーダーとしての役職を解くことにはならない。また、Xの休業期間中にXチームは消滅しているものの、Xの役職等級は従前のままであり、復帰した際には、その役職等級に相当する役職に就くことが予定されていたといえる。そのため、本件で、Xが元の役職を解かれたとか、所属不明な状態におかれたとみることはできない。よって、本件措置1-1は、降格には当たらず、均等法9条3項、育介法10条の「不利益な取扱い」に該当しない。

 Yの人事制度や給与体系に照らせば、給与等の従業員の処遇の基本となるのは、役職等級であるから、本件でいう「降格」とは、役職等級の低下を伴う措置のことを指すと考えるのが相当である。そうすると、本件措置1-2はXの役職等級はそのままに役職名が変わっただけでYにおける通常の人事異動であり、降格には当たらず均等法9条3項、育介法10条の「不利益な取扱い」にも該当しない。

2 本件措置2に関して、チームリーダーやマネージャーの人選は、Xの復帰後の勤務態度及びAの実績等を考慮して決定されているのであり、Xの育児休業等を理由にされた措置ではない。そのため、均等法9条3項及び育介法10条の「不利益な取扱い」について検討するまでもなく、同法に反するものではない。

3 本件措置3は、Yにおいて、復帰後のXが自主的、積極的に業務を行う姿勢に欠けたことからXと同じ役職等級の他の社員との相対評価において決定されたものであり、Xの育児休業等の取得が理由でなされたものではない。したがって、本件措置3も均等法9条3項、育介法10条に反するものではない。

4 本件措置4はYのオフィス拡張工事に伴いXを含むセールスチームの業務における電話の使用頻度を考慮してなされ、これにより執務に悪影響が出たという事情もない。そのため、本件措置4がXを不当に人間関係から引き離すものであり、育児休業等取得前と比べて執務環境が悪化したということはできないので、均等法9条3項及び育介法10条に反するということはできない。

第3 結語

 以上より、Xの主張はいずれも前提となる法令違反が認められない。また、主位的請求に関しては、一般に労働契約において労働者には特定の部署で就労する権利ないし法律上の地位は認められないから、確認の利益を欠くため不適法却下とし、その余の請求については理由がないため棄却する。

〈参考法令〉

・雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律

9条3項
 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和22年法律第49号)第65条1項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条2項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

・育児休業、介護休業等の育児又は家族介護を行う労働者の複視に関する法律

10条
 事業主は、労働者が育児休業申出をし、又は育児休業をしたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

〈参考〉

・事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針(平成28年厚生労働省告示第312号)

https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605635.pdf

〈参考判例〉

・最高裁平成26年10月23日判決(民集68巻8号1270頁『広島中央保険生活協同組合事件』)

 女性労働者につき労働基準法65条3項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換を契機として降格させる事業主の措置は、原則として「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」9条3項の禁止する取扱いに当たるが、当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとき、又は事業主において当該労働者に月降格の措置をとることなく軽易な業務への転換をさせることに円滑な業務運営や人員の適正配置の確保などの業務上の必要性から支障がある場合であって、上記措置につき同項の趣旨及び目的に実質的に反しないものと認められる特段の事情が存在するときは、同項の禁止する取扱いに当たらない。

【退職勧奨との関連性を否定され、配転命令が有効とされた事例】⇒東京地裁令和2年2月26日判決〈学校法人N学園事件〉

第1 事案の概要主な争点

 学校法人である被告(以下「Y」という)との間で、労働契約を締結した原告(以下「X」という)が、Yに対し、YがXに対してしたYの営繕部での勤務を命じる配転命令は、権利の濫用に当たり無効であるとして、Yの営繕部で勤務する労働契約上の義務のないことの確認を求めた事案。主な争点は、本件配転命令が権利の濫用に当たるかである。

第2 裁判所の判断

1 使用者に配転命令権があるとしても、これを濫用することが許されないのは言うまでもなく、当該配転命令について業務上の必要性が存在しない場合又は業務上の必要性が存在する場合であっても当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情が存する場合には、当該配転命令は権利の濫用として無効となる。

2 まず、Yの営繕室には専任の事務職員がおらず、Yは、営繕室の職員との連絡、営繕室が担当すべき業務が円滑にできていないという問題点を把握していた。このような状況において、営繕室に専任の事務職員を配置することは、Yの業務の適正な運営のために必要性が高かったといえる。そして、営繕の業務は、営繕室を中心として行われているものであるから当該業務を担当する事務職員について、営繕室に配置することにも業務上の必要性が認められる。

3 営繕室に専任の事務職員を配置する本件配置命令がXになされたのは、他の職員の状況、Xの経歴等に照らして限られた人員の中からXを選任したものであり、不当な動機又は目的は認められない。また、Yにおいては、X以前にも事務職員が営繕室において勤務していたこともあり、本件配転命令が事務職員に対する配転命令として特異なもともいえない。したがって、本件配転命令について不当な動機又は目的でされたことを認めることはできない。なお、Xの上司は、本件配転命令以前にXに対して退職を勧めているが、これは、Xが教務室において本件学校に対する不満を口にしていたことが職員間で問題になったことを原因とするものであり、Xが退職の意思を持っていないことを明言して以降はそのような勧奨がなされることもなかったのであるから、上記退職勧奨と本件配転命令とは無関係である。

4 本件配転命令は、本件学校の構内における勤務場所の変更に過ぎず、給与に変更もなく、執務環境としても他の事務職員の勤務する場所に比して劣悪であるということはできない。また、その業務の内容も、事案決定書の作成等の事務作業であり、精神的または肉体的な負担が大きいものではない。そうすると、Xが主張する広報のプロフェッショナルとしての矜持を傷つけられたという主観面を最大限考慮しても、本件配転命令が、Xに対し、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものということはできない。

第3 結語

 以上より、本件配転命令には、業務上の必要性が認められ、不当な動機・目的をもってなされたものということはできず、Xに対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものとはいえないから、本件配転命令は権利の濫用に当たらない。よって、Xの請求には理由がない。

〈参考判例〉

・最高裁昭和61年7月14日判決(集民148号281頁『東亜ペイント事件』)

 会社の労働協約及び就業規則に、会社は業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、現に会社では全国にある営業所等の間で転勤を頻繁に行っており、また、労働者の採用に際し勤務地を限定する合意がなされなかった場合、会社は個別的合意なしに右労働者に転勤を命ずることができる。しかし、使用者の転勤命令権も無制約に行使できるものではなく、転勤命令に業務上の必要性が存しない場合、転勤命令が不当な動機・目的をもってなされた場合、若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には、当該転勤命令は権利の濫用となる。この判断において、労働者の生活上の不利益が転勤に伴い通常甘受すべき程度のものである場合には、業務上の必要性は余人をもって替えがたいという高度の者であることは要せず、労働力の適切配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化などのためのものでよい。

・東京高裁昭和62年12月24日判決『日産自動車村山工場事件』

 就業規則に配転に関する規定があり、我が国経済の変化に伴い、配転の機会が増え、その対象や範囲も拡張するのが一般的な傾向であることに鑑みると、十数年ないし二十数年の間ほぼ継続して機械工として就労してきたとしても、このことから直ちに当該労働者を機械工以外の職種には一切就かせないという合意が成立したものとはいえず、使用者は、業務運営上の必要性がある場合には、労働者の個別的合意なしに職種の変更を命じることができる。ただし、永年従事してきた職種を変更するときは労働者の利益に重大な影響を及ぼすから、職種変更の命令権は安易に行使すべきものではないが、当該職種変更が工場の移転による機械工職種の廃止に伴ってやむを得ず行われたものであり、また職種の変更により労働者が被る不利益も通常受忍すべき限度を著しく超えていない場合には、配転命令は権利の濫用には当たらない。

・東京高裁平成23年8月31日判決(労働判例1035号42頁『オリンパス事件』)

 労働者の内部通報等の行為に反感を抱いて、業務上の必要性とは無関係に行われた配転命令は、その動機が不当であること等の事情から権利の濫用に当たる。

・最高裁平成12年1月28日判決(集民196号285頁『ケンウッド事件』)

 退職従業員補充のための東京都内に存する事業所間の異動命令につき、通勤時間が従来の約50分から約1時間45分となり、子どもの保育に支障が出る場合であっても、転居をすれば、別会社で働く夫の通勤時間が約40分から約1時間となるとしても、保育の支障は容易に解消することができたという場合には、当該労働者の負うことになる不利益は必ずしも小さくはないが、なお通常甘受すべき程度を著しく超えるとまではいえない。

・大阪高裁平成18年4月14日判決(労働判例915号60頁『ネスレ日本事件』)

 労働者の配置に関する配慮について定めた育児介護休業法26条の定める事業主の配慮には、配置の変更をしないことや介護等の負担を軽減させるための積極的な措置を講ずることまでは含まれないが、事業主には、就業場所の変更により育児や介護の実施の困難さを避けることができるのであれば、これを避け、避けられない場合には、より負担が軽減される措置をすることが求められるのであり、そうした配慮の有無程度は、配転命令を受けた労働者の不利益が通常甘受すべき程度を著しく超えるか否かの判断に影響を及ぼす。

【事務消滅による出向帰任者の整理解雇が有効とされた例】⇒東京高裁令和元年12月18日判決〈マイラン製薬事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 控訴人(原審本訴原告。原審反訴被告。以下「X」という。)は、被控訴人(原審本訴被告。原審反訴原告。以下「Y」という。)の前身である会社との間で、平成17年3月15日、期間の定めのない雇用契約を締結し、医療情報担当者(以下「MR」という。)として稼働していた。Yは、平成28年5月31日付けでXを整理解雇した。これに対して、Xは、本件解雇が無効であるとして、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認及び未払い賃金の支払いを求めて訴えを提起した。他方、Yは、本件解雇が有効であることを前提として本件解雇により、Xの社宅使用契約も終了しているとして、Xに対して本件社宅の明渡しと賃料相当額の損害金の支払いを求める反訴を提起した。

 原判決は、本件解雇は有効と認定して、Xの請求を棄却し、Yの反訴を認容した。Xはこれを不服として、控訴した。主な争点は、本件解雇の有効性である。

第2 原判決の判断

1 Xを含むYのMR約200名は、Yと大手製薬会社との間の業務提携契約によりYから当該大手製薬会社に出向していた。しかし、Yと当該大手製薬会社の契約解除により、YはMRの大規模な帰任を一時に受け入れざるを得なくなったところ、Yにおいては、MRの資格やキャリアを生かすことが可能な役職や業務はなくなっていたことから、人員削減の合理的必要性が認められる。

2 Yは、関連会社へ出向先確保、社内公募の案内、配転や出向の検討等なしうる限りの解雇回避措置をとっている。他方で、Xは、解雇回避措置を真摯に検討せず、Yからの協議申し入れにも応じなかった。Xが協議に応じない以上、Yにおいてそれ以上の解雇回避措置をとることは困難であるから、Yは、十分に解雇回避措置をとったといえる。

3 Yは、Y内のMRの業務が消滅してしまっていたことから、余剰人員となってしまったMR全員を一律に雇用契約解消の対象とすることには、妥当性がある。

4 Yは本件解雇に先立って、契約解除に至った経緯や判断過程、MR業務が消滅していること関連会社への出向に関する選定基準や選定の判断過程等を繰り返し説明する等十分な説明や協議を尽くしており、手続きの相当性も認められる。

第3 控訴審の判断

1 原判決と同様の理由で本件解雇は有効である。

2⑴ Xは、本件の口頭弁論終結後、①Yとグループ会社Dとは、本件解雇前の平成28年5月に両者の共通部門を統合し、Yグループにおいて平成28年度にMR職が8名、平成29年度には2名採用されていることから本件解雇当時においてもXを配転することが可能であったこと、②Dの従業員3名に対して平成30年4月に工場のライン勤務ではない業務につくことが提案されていた、という事実が判明し、本件解雇の必要性がなかったことや解雇回避努力の不十分さが明らかになったと主張して口頭弁論の再開を求めている。

 ⑵ まず、①について、YグループのDでMRの採用がされたとしても、それはYとはあくまでも別会社でなされたものにすぎないのであり、Yにおいて本件解雇の当時にXをDに配転することが可能であったとはいえない。次に②についても、Yとは別会社のDの従業員に対して、本件解雇の2年後になされたものであり、本件解雇当時にXをDに配転することが可能であったことを基礎づけるとはいえない。よって、①②は、本件解雇の有効性についての判断に影響しない。

 ⑶ また、①②いずれの事実も、Xにおいて原審の口頭弁論終結の日以前に知りえたものといえ、それにもかかわらず、控訴審の口頭弁論終結日の後に初めてされたのであるから、これらの主張は、仮に口頭弁論の再開後に提出されたとしても当事者が故意または重大な過失により時機に後れて提出した攻撃又は防御方法であると評価される可能性が高い。

 ⑷ よって、①②の各事実は、裁判所の判断を左右するものではなく、さらに時機に後れた攻撃防御方法として却下される可能性が高いというべきであり、口頭弁論の再開を行う必要性はない。

第4 結語

 以上より、Xの請求はいずれも理由がなく、他方で、Yの反訴請求は、理由がある。

ご意見・ご質問など、お問い合わせは、下記フォームからお願いいたします。