労働経済判例速報2020年4月30日
【原告の疾病の業務起因性及び労働基準法19条1項本文類推適用が否定され、休職期間満了による自然退職が有効とされた例】⇒東京地裁令和元年9月26日判決〈グローバルコミュニケーションズ事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、Yと期間の定めのない雇用契約を締結して就労していたが、平成26年10月9日付で解雇された。これについて、Xは、本件解雇は、Yにおける業務に起因して発病した精神障害の療養のための休業期間中にされたものであり、労働基準法19条1項に違反するため無効であると主張して、Yに対して、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、雇用契約に基づき平成26年11月分以降の未払い賃金の支払いを求め、Y及びXの上司(以下「Y2」という)に対して安全配慮義務違反等を理由に慰謝料としての損害賠償賞金及び遅延損害金の支払いを求めたという事案。主な争点は、Xの精神障害に業務起因性が認められるかである。
第2 裁判所の判断
1⑴ 労基法19条1項の趣旨が、労働者が労働災害補償としての療養のための休業を安心して行うことができるよう配慮したものであると解されることに鑑みると、業務起因性の意義は、労働災害補償保険制度における業務起因性の意義と同じものと解される。したがって、疾病について業務起因性が認められるためには、業務と疾病との間に相当因果関係が認められることが必要である。また、当該相当因果関係が肯定されるためには、疾病の発病が当該業務に内在し、又は随伴する危険が現実化したものであることが必要となる。また、認定基準は、行政機関内部の通達ではあるものの、その内容等に照らすと、相応の合理性を有するというべきであるため、本件においても、認定基準を参考としながら、具体的な事情を総合的に考慮して判断する。
⑵ア Xは、Y2から、Xの部署に新しく加入した新人Zの指導監督をし、Zが業務を完遂させることができない場合には、Xの責任で完遂させるよう特別の指示を受け、同時に、Zが今後成長できなければ解雇する予定である旨伝えられ、強いプレッシャーを感じたと主張する。しかし、先に従事している者が後から着任してきて業務に慣れていない者の作業を手伝ったり、ミスの有無を確認することは職場においてごく一般にありうるものである。そうすると、Y2がXに対して上記のような指示をしたことは認められるとしても、それを超えて、XのZに対する監督の成否やZの業務によってZを解雇するとか、Zの解雇についてXに責任を負わせるといった指示までは認められないため、Y2のXに対する指示が社会通念に照らして特別視すべきもの又は不当なものであったともいえない。
イ 次に、Xは達成困難なノルマを課されたり、仕事内容等に変化を生じさせる出来事があったなどとして、それらについての心理的負荷の強度は「強」である旨主張する。確かに、前任者に代わりZが加入したことにより、Zの作業の確認等、Xの業務量はある程度増加している。しかし、Xの時間外労働時間数の状況を見る限り、Xの業務量について直ちに強い心理的負荷につながるような著しい増加があったということはできないため、この点に関する心理的負荷の強度は「中」である。また、Zの作業能力に特段の問題があったとは認められないこと、XにおいてZへの指導助言が特殊な知識等が求められるものではなかったことからすると、XがZの作業につき指導や助言していたことは、その内容に照らし、ノルマを課されたとまで評価できるかについては疑問が残り、仮にノルマにあたるとしても、心理的負荷の強度は「弱」である。
ウ Xは、Y2がZの指導等に関するXの支援要請を拒否したこと、Y2が社内において、Xが無能である旨の発言をしていたことから、上司とのトラブルがあり、これによる心理的負荷の強度は「強」である旨主張する。しかし、Y2は、Xからの相談について快く応じるなど、積極的にXの相談に応じる姿勢を示していた。確かに、Zの配置転換や、人員増員などの措置はとっていないが、Xの労働時間やZの能力を考慮するとそこまでの措置は不要といえる。また、Y2が上記のような発言をしたことを認めるに足りる事情は乏しい。よって、Xの主張するような上司とのトラブルは認められず、仮に認められるにしても、心理的負荷の強度は「弱」である。
⑶ 以上からすると、Xの業務上の出来事における心理的負荷の強度は、いずれも「中」ないし「弱」にとどまっており、これらを総合したとしても、「強」にはならない。よって、Xの精神障害が認定基準の対象とされる疾病であったとしても、その業務起因性は認められない。
2 以上の事情を踏まえると、Y側において、Xが精神障害を発症するといった結果について予見すべき状況にあったとはいえず、Y側に安全配慮義務違反があったとは言えないため、Xの不法行為に基づく請求も認められない。
第3 結語
以上より、Xの疾病の業務起因性は認められず、休職期間満了時における自然退職の定めによる自然退職について労基法19条1項本文を類推適用する余地はない。よって、本件のXの請求はいずれも理由がない。
〈参考法令〉
・労働基準法19条1項
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間並びに産前産後の女性が第65条の規定によって休業する期間及びその後30日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第81条の規定によって打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合においては、この限りでない。
・労働基準法81条
第75条の規定によつて補償を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても負傷又は疾病がなおらない場合においては、使用者は、平均賃金の1200日分の打切補償を行い、その後はこの法律の規定による補償を行わなくてもよい。
労働経済判例速報2020.5.10
【争議行為を伴う業務命令違反を理由とする懲戒処分が適法とされた例】⇒大阪地裁令和2年1月29日判決〈学校法人甲大学事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告ら5名(以下併せて「X」という)は、被告(以下「Y」という)が設置するY大学の教員かつ原告労働組合(以下「X組合」という)の労働組合員であったところ、Xは、Yによりなされた週6コマを越えて授業を担当すること及び委員会業務を増やすことについての業務命令を受けた(以下「本件業務命令」という)が、これを拒否した。そのため、Yは、正当な理由なき業務命令違反としてXを譴責の懲戒処分とし、これを記した書面をキャンパス内の4か所に掲示した。Xは、本件懲戒処分は違法であること、X及びX組合は、懲戒処分の内容を掲示したことはXに対する名誉棄損及びX組合に対する不当労働行為にあたると主張して、Yに対して、本件懲戒処分の無効確認及び不法行為に基づく損害賠償等を求めて訴えを提起した。
主な争点は、①本件業務命令が労働契約の内容に照らして適正か、②争議行為で対抗したXに対して業務命令違反を理由に懲戒処分を行うことの適否、③懲戒処分内容の掲示が名誉棄損になるかである。
第2 裁判所の判断
1⑴ YとXとの間の労働契約に際して作成された雇用条件に関する決裁書には、Xは週8コマ担当するとの記載はあるものの、その内訳として、義務として週6コマであり、残りの2コマはXの任意で担当の可否を決定できるとの記載はない。また、採用時の説明等のやり取りの中で、Xに対してそのような説明がなされたことを認めるに足りる証拠もない。そのため、XとYの間の労働契約において、義務として週6コマを担当し、それを超える部分については任意で担当する旨の内容の合意があったとは認められない。
⑵ Xは、入職に際し、委員会業務は一つに限定されるとの説明を受けており、そのような合意が労働契約の内容になっている旨主張するが、雇用条件に関する決裁書や面談記録からはそのような内容を伺うことはできない。また、2つ以上の委員会業務を担当している教員も多数存在すること、大学を取り巻く社会経済環境の変化等に柔軟に対応する観点から、委員会活動については不断の見直しが求められることからすると、委員会業務を1つに限定することの合理性は認められず、Xの入職時にYがそのような説明をするとは考えにくい。したがって、Xの委員会業務を1つに限定する旨の合意があったとはいえない。
2⑴ 争議権の保障は、労務不提供などの業務の正常な運営を阻害する行為であっても、かかる行為の刑事責任及び民事責任を特別に免責し、あるいは係る行為を理由とする不利益取扱いを特別に禁止することによって、団体交渉における労働者の立場を強化し、あるいは団体交渉における交渉の行き詰まりを打開するなど、団体交渉を機能させる趣旨のものと解される。そして、団体交渉は、労使が対等な立場で、合意により、労働条件の決定をはじめとする労使間のルールを形成する機能を有していることに鑑みると、争議行為は、団体交渉を通じた労使間の合意形成を促進する目的あるいは態様で行わなければならないものと解される。
そして、争議行為の態様が団体交渉において業務命令によって命じられた業務が不存在であることの確認を協議事項としつつ、争議行為として当該義務の履行そのものを拒否するものである場合、当該争議行為は、当該義務の不存在確認に関する団体交渉を促進する手段としての性質を有することは否定できないものの、他方で、当該義務の不存在確認という目的自体は、争議行為によって、団体交渉を経ずして達成されることになるから、当該争議行為は、労使間の合意形成を促進するという目的を離れ、労働組合による使用者の人事権行使となる側面がある。そのため、上記態様の争議行為は、常に正当なものということはできず、団体交渉の実施状況や争議行為の実施状況に照らし、当該争議行為が、業務命令の拒否自体を目的としているとみることができるなど、団体交渉を通じた労使間の合意形成を促進する目的が失われたものと評価できる場合には、当該時点から正当性を有しないものというべきである。
⑵ 本件では、本件業務命令については、団体交渉が行われていたが、特に進展せず、平成28年7月4日にYが、本団体交渉は平行線をたどっており行き詰まりの状態であるから、X組合からの提案がない限りは、交渉に応じる義務はない旨X組合に伝えてもなお、進展することはなかった。そうすると、本件懲戒処分の対象行為が行われた時点においては、もはや当該事項についての団体交渉が進展する状況にはなく、団体交渉を通じた労使間の合意形成を促進する目的が失われたものと評価できるから、本件争議行為は正当性を有しない。
⑶ 以上より、遅くとも本件懲戒処分対象行為が行われた時点では、Yが誠実交渉義務を尽くしていたにもかかわらず、YとX組合との間の団体交渉が進展し、妥結に至る状況にないことは明らかとなっており、争議行為の正当性は失われているのであるから、本件懲戒処分が違法無効であるということはできない。
3 Yの就業規則には、懲戒処分について特別の理由がない限り、これを公示する旨規定されており、このような規定は、懲戒処分の趣旨や性質に照らし合理的なものといえる。そして、上記のように本件懲戒処分は違法ではないこと及び本件懲戒処分がされたにも関わらず公示したことを違法と解すべき特段の事情も認められないことからすると、本件掲示行為は違法とはいえない。
第3 結語
以上より、本件Xの請求はいずれも理由がない。
労働経済判例速報2020.5.20
【残業を月30時間以内とする指導の事実を考慮し、PCログ記録を根拠に労働時間が認定された例】⇒東京地裁令和元年6月28日判決〈大作商事事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
被告(以下「Y」という)の従業員として稼働していた原告(以下「X」という)が、在職期間中、時間外・深夜労働に従事していたとして、Yに対して労働契約に基づき平成26年7月から平成28年5月までの間の時間外労働に係る割増賃金及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めるとともに、労基法114条に基づき、付加金の支払いを求めたのに対し、Yが反訴を提起し、Xの遅刻に係る不法行為等に基づいて損害賠償請求をした事案。主な争点は、労働時間算定方法とXに不法行為が成立するか。
第2 裁判所の判断
1⑴ まず、労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、労働時間に該当するか否かは使用者の指揮命令下に置かれているか否かにより客観的に定まる。
⑵ Xは在職期間中、出勤簿を作成していたが、その記載以上に残業等していたと主張する。そしてXは、これを裏付ける証拠として、Xが使用していたパソコンのログ記録を提出している。XはYでの業務にあたり、パソコンを多く利用しており、当該ログ記録には改変がなされたとみるべき形跡はないことからすると、ログ記録を手掛かりとしてXの労働時間を推知することに相応の合理的根拠はあるといえ、これを基礎に出勤簿記載の労働時間を超えて業務に従事していた旨述べるXの供述にも相応の信用性を認めることができるところであり、他に的確な反証のない限りは、ログ記録を手掛かりとしてXの労働時間を推知するのが相当である。
⑶ア 始業時刻について、ログ記録がある日は、基本的にはこれを手掛かりにXの労働時間を推知するのが相当である。もっとも、ログ記録に所定の始業時刻より前の記録が認められる場合であっても、提示前の具体的な労務提供を認定できる場合は格別、そうでない限りは、基本的に所定の始業時刻からの勤務があったものとして始業時刻を認定するのが相当である。これに対し、ログ記録がない日やあっても所定の始業時刻に遅れる記録がある日については、出勤簿上、特段の欠勤がないものとされていたことにも照らせば、基本的の所定の始業時刻からの勤務があったものとして始業時刻を認定するのが相当である。
イ 終業時刻について、ログ記録がある日については、基本的にはこれを基礎に原告の労働時間を認めるのが相当であり、他方、ログ記録のない日については、出勤簿の記載時刻を超える残業時間があったことを裏付ける的確な証拠がないから、上記出勤簿記載の限度で残業時間があったものと認めるのが相当である。
2⑴ Xには、Yが主張するような頻回の遅刻欠席があったとまでは認めがたいところ、Xが自認している遅刻についても、Yにおいて異議なく通常出勤として扱われ、基本給が支払われていることからすると、Yは、これを宥恕していたものといえる。したがって、このことが不法行為を構成するとはいえない。
⑵ また、Yは、本訴提起に至る一連の行為が不法行為を構成すると主張するが、Xが本件ログ記録を創作したとは認めがたく、Yには割増賃金の支払義務があるということからすると、Xの本訴請求がおよそ事実的、法律的根拠を欠くということはできず、本訴提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くとはいえない(参考判例)。そのため、本訴提起が違法性を帯びるとは認められない。
第3 結語
以上より、Xの割増賃金支払請求のうち割増賃金133万3732円及びこれに対する遅延損害金を求める限度では理由があり、付加金請求は、50万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。また、Yの反訴請求はいずれも理由がない。
〈参考判例〉
・最高裁昭和63年1月26日判決(民集42巻1号1頁)、最高裁平成11年4月22日判決(集民193号85頁)、最高裁平成21年10月23日判決(集民232号127頁)
法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めうることは法治国家の根幹に関わる重要な事柄であるから、訴えの提起が不法行為を構成するか否かを判断するにあたっては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされるところであり、このような観点からすると、法的紛争の当事者が紛争の解決を求めて訴えを提起することは、原則として正当な行為であり、訴えの提起が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において提訴者の主張した権利又は法律関係が事実的、法理的根拠を欠くものである上、提訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのに和えて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られる。