労働経済判例速報2020.2.29
【具体的疾患の発症には至らなかったが、長時間労働に従事させたことを理由に、慰謝料請求を認めた例】⇒長崎地裁大村支部令和元年9月26日判決〈狩野ジャパン事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告(以下「X」という)は、被告(以下「Y」という)との間で締結した労働契約に基づき、平成27年6月1日から平成29年6月30日まで、Yの工場での作業に従事した。上記期間について、Xは、毎月90時間以上の法定時間外労働を行っていたことから、時間外、休日及び深夜の割増賃金並びに法内残業に対する賃金の未払いを主張して、本件労働契約に基づいて未払い賃金の支払いを求めるとともに、不法行為に基づいて慰謝料等の損害金の支払いを求めた事案。
主な争点は、未払い賃金について、①職務手当の固定残業代としての有効性、②不法行為の成否及びその損害額である。
第2 裁判所の判断
1 まず、Yは、Yの賃金規定に基づきXに対して基本給とは別に支払われていた職務手当に固定残業代が含まれており、職務手当は割増賃金の算定基礎から除外されると主張する。
この点につき、職務手当には、固定残業代のほかに能力に対する対価としての性質も含まれることから、両者が明確に区別される必要がある。しかし、本件では、職務手当のうち、固定残業代部分の金額が具体的に明示されていないうえ、固定残業代部分が何時間分の割増賃金に相当するかも明示されていないことから職務手当の支払いをもって労基法37条の割増賃金の支払いの効力を認めることはできない。
以上を踏まえると、本件未払割増賃金は、合計273万8574円となる。
2 次に、労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険があることから、YはXに対して従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してXの心身の健康を損なうことのないように注意すべき義務があった。
しかしながら、Xは上記期間中毎月90時間以上の時間外労働を行っており、Yは当初Xと36協定を締結せず、締結しても要件を満たさない無効な協定となっているにもかかわらずXに時間外労働をさせていたうえ、Xの労働状況について注意を払い改善指導等を行っていないことからすると、Yは上記義務に違反していたといえる。
そして、Yは以上のような安全配慮義務の違反により、Xに長時間労働を強いることで、Xの人格的利益を侵害したものといえるから、その精神的苦痛に対する慰謝料として30万円の損害が生じており、弁護士費用と併せて33万円が本件におけるYの不法行為に基づく損害となる。
第3 結語
以上より、Xの本件請求は、未払割増賃金として273万8574円及びこれに対する遅延損害金(賃確法6条1項)の支払い並びに不法行為に基づく損害賠償請求として33万円及びこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
なお、Xは、Yに対して付加金の支払いも求めているが、Yが割増賃金を支払わなかったことについて合理的な理由はないことからすると、Yは、労基法114条に基づいて付加金157万3551円及びこれに対する遅延損害金を支払う義務を負う。
【割増賃金、退職金、パワーハラスメントを理由とした慰謝料などの支払いを認めた例】⇒福岡地裁令和元年9月10日判決〈社会福祉法人Y会事件〉
第1 事案の概要及び主な争点
原告ら(以下「X」という)は、特別養護老人ホーム等を営む被告(以下「Y」という)において介護職として業務を行っていた。Xはいずれも既にYを退職しているが、Yに対して割増未払賃金や、付加金、未払退職金、Yが運営する施設の施設長であるB1のパワハラを理由とする不法行為に基づく損害賠償を求めて訴えを提起した。主な争点は、①Xの実労働時間、②退職金不支給の当否、③B1のパワハラの有無である。
第2 裁判所の判断
1 本件では、Xが所定の始業時間よりも30分早い時間からホームヘルパー業務を開始している日等が少なからずあり、Xを含めたY従業員は、Yから所定の始業時間の30分前までに出勤して就労を開始するように黙示的に指示されており、清掃等もその一部として行われていたと認められることから、Xは、所定の始業時刻よりも30分早く労務の提供をしていたと認められる。また、Xは所定終業時刻後も平均して1時間は書類作成等の業務を行っていたと認められる。さらに、宿直業務の仮眠時間中も、呼び出しがあれば対応することを余儀なくされることから、仮眠中もYの指揮命令下にあったといえる。以上の労働時間が、実労働時間として時間外割増賃金の計算の基礎となる。
2 Xは、Yを退職する際、退職金を受け取っていない。確かに、Yの規定には退職時に他の職員等に迷惑がかかる状況であれば、退職金は支給しない旨の記載はある。しかし、本件では、Xは、その全員がB1から直ちに退職するよう命じられていたり、B1の言動により引き継ぎ業務が困難となっていたなど、黙示的に引き継ぎ等の義務が免除されていたと認められる事情が存在するので、退職金不支給事由は存在しない。
3 本件においてB1は、Xに対して、職務における叱責、指導の範疇にとどまらない言動(※具体例後述)をしており、このような言動は、名誉感情を害し、人格を貶めるものというべきであって、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景として、業務の適正な範囲を超えて、精神的、身体的苦痛を与える言動であるから、不法行為を構成する。このようなB1の不法行為責任については、B1の使用者であるYも責任を負う。
第3 結語
以上より、Yは、未払時間外割増賃金及び未払退職金、不法行為に基づく損害賠償を支払う義務を負う。また、Yは、従業員の労働時間を適切に把握するべき義務を怠っていたこと、Xの時間外労働の事実を認識しながらこれに対する割増賃金を支払っていなかったことから、労基法37条の違反の程度は重大であり、付加金の支払いを命じるのが相当である。
〈※参考:B1による職務における叱責、指導の範疇にとどまらない言動〉
・X1に対して、横領、施設の米を盗んだ事実はないのに、そのように決めつけ、退職するまでの間、日常的に「品がない」「バカ」「泥棒さん」などと発言していた。
・X2に対して、叱責するたびに「あなたの子どもはかたわになる」と発言したり、日常的に「バカ」などと発言していた。
・X3に対して、叱責するたびに「言語障害」などと発言したり、退職に至るまで日常的に配偶者の方が高学歴であることを理由に「格差結婚」「身分が対等じゃない」と発言した。
・X4に対しては、退職に至るまで日常的に最終学歴が中学校卒業であることを理由に、「学歴がないのに雇ってあげてんのに感謝しなさい」などと発言した。全体会議の場など、他の職員がいる前でそのような発言をすることもあった。
・X5に対しては、X5が当時、生活相談員の職位にありながら、Y法人の他職員が利用者の手に便が付着しているのを見落としてそのまま食事をさせるという事故の報告をしなかったことについて厳しく叱責した。その際、口頭での叱責にとどまらず、自ら便器掃除用のブラシを舐めた上で、X5にも同様に舐めるよう強要し、X5は繰り返し謝罪をしたがB1がこれを許さず、結局X5は、これを舐めた。