労働経済判例速報 2019.9.10
【病気休暇及び休職制度に関する時給制契約期間雇用社員と正社員との間の相違が労働契約法20条に違反しないとされた裁判例】東京高裁平成30年10月25日判決〈日本郵便(休職)事件〉
第1 事案の概要
控訴人(第1審原告。以下、「X」とする。)は、被控訴人(第1審被告。以下、「Y」とする。)に時給制契約の期間雇用社員として雇用され、約8年8か月就労していたが、平成27年4月1日から1日も出勤しなかったこと、職場復帰の見込みがないこと等を理由としてYに雇止めとされた。そのためXが、本件雇止めが違法無効であるとして雇用契約上の地位の確認及びバックペイ等の支払いを求めた事案。
第2 主な争点
1 労働契約法20条によって、期間雇用社員であるXに病気休暇制度または休職制度が適用されるか。
2 本件雇止めが権利濫用に該当するか。
第3 裁判所の判断
1 時給制契約社員と正社員との比較
比較対象は、時給制契約社員と類似した職務内容を有する一般職の正社員であり、時給制契約社員と一般職の正社員との間には、期間の定めがあるか否かを原因として、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲、業務に伴う責任の程度その他の事情について一定の相違がある。
2 契約条件の相違の不合理性
⑴ 有給の病気休暇の有無について
病気休暇の趣旨は、一般職の正社員のこれまで及び今後の長期にわたる就労による貢献に対する評価・期待、有為な人材の確保・定着を図ること、正社員の生活保障を図るといった観点によるものと解することができ、一般職の正社員についてはこの趣旨が妥当する。他方、時給制契約社員は、長期間の継続した雇用が当然に想定されているわけではなく就労期間についての趣旨が妥当しない上、一定の要件の下である程度の金銭的補填のある療養が相当な期間にわたって可能であることから、生活保障については一定の考慮がなされているといえる。
以上からすると、時給契約社員に、私傷病につき有給の病気休暇が認められないとされていることが不合理であるとまでは言えない。
⑵ 休職制度の有無について
休職制度も、有給の病気休暇制度と同様に有為な人材の確保・定着を図るという趣旨から設けられていると考えられるところ、上記のように、時給制契約社員については、この趣旨は妥当せず、時給制契約社員について休職制度を設けないことが不合理とは言えない。
3 権利濫用について
Xの勤務状況について、欠勤日数の状況、勤務日当日の申出による欠務である突発欠務の数から社員の勤務成績、勤務態度として更新を不適当と認める事情として考慮されるのはやむを得ない。また、Xは本件契約期間中、本件疾病を理由に1日も出勤せず、総括課長らに早期の職場復帰について否定的な見通しを伝えていた。
以上の事情からすると、Yは、Xについて、その勤務状況や健康状態等に照らし、本件雇用契約における職務を全うできないとの判断に基づき、本件雇用契約の期間満了を持って本件雇用契約を更新しないこととしたものであって、本件雇止めについて、客観的に合理的な理由を欠くものとは言えないし、社会通念上相当であると認められないと評価することもできない。
第4 結語
以上より、Xの請求を棄却した原審の判断を相当とした。
※参考判例
・最高裁第二小法廷平成30年6月1日判決(民集72巻2号88頁。〈ハマキョウレックス事件〉)
【安全配慮義務違反による損害賠償請求について過失相殺が否定された例】岐阜地裁平成31年4月19日判決〈岐阜県厚生農業協同組合連合会事件〉
第1 事案の概要
被告(以下、「Y」とする。)に雇用され、Yの管理運営する病院(以下、「本件病院」という。)に勤務していたDが自殺したこと(以下、「本件自殺」という。)について、Dの両親である原告ら(以下、「X」とする。)が本件自殺の原因は、Yの安全配慮義務違反により本件病院において過重な長時間労働を強いられたこと等によってうつ病エピソードを発病したことにあると主張し、Yに対し債務不履行に基づく損害賠償を求めた事案。
第2 主な争点
下記の見出しの事項について民法418条の過失相殺が認められるか。
第3 裁判所の判断
1 Dの仕事の進め方に問題があったこと
労働者の長時間労働の解消は、第一次的には、業務の全体について把握し、管理している使用者において実現すべきものであるところ、Dの上司Hは、Dが慢性的に長時間の時間外労働をしていたこと及びDの仕事の進め方に問題があることについて認識していた。それにもかかわらず、これを抜本的に解消するために具体的な行動をした事実はなく、Dの時間外労働の時間を把握しようと努めた痕跡すらないというような状況において、DがH等に相談しなかったこと、仕事の進め方に問題があったことをDの過失と評価して過失相殺することは相当ではない。
2 Dが超過勤務申請書を提出していなかったこと
また、Dが超過勤務申請書を提出していなかったことについても、HがDの長時間にわたる時間外勤務について認識したうえで、超過勤務申請を提出するように積極的に求める等していない以上、Dの労働時間を把握できなかった責任はYにあり、超過勤務申請書の不提出をもって過失相殺を認めることはできない。
3 Dが自己の健康管理を怠ったこと
使用者が労働者における慢性的な長時間労働を認識しながら十分な措置を講じず、労働者の健康状態に対する配慮が何らなされていない場合、労働者に自己の健康管理を怠った過失が認められるのは、労働者において、医療機関を受診する機会があったにもかかわらず、正当な理由なくこれを受診しなかったといえる場合に限られる。本件ではそのような機会があったことを示す具体的な事情はないため、この点についてもDには過失は認められない。また、HがDの労働状況を認識していたにもかかわらず休暇取得のための十分な配慮がなされていない本件においては、Dが定期的に休暇を取る等の対応をしなかったことをもって過失相殺をすることはできない。
4 スモールボアライフルの所持許可が失効していたこと
ライフル所持許可が失効し、平成25年の東京国体に予選落ちしたことは、ライフルを人生そのものと考えていたDにおいて悩みの一つであったことは否定できないとしつつも、本件自殺との直接の因果関係は認められないため、Yの賠償額を減額する要因にはならないとした。
第4 結語
以上より、Dに過失は認められず、民法418条の適用または類推適用によって過失相殺をすることはできないと判断した。
※参考判例
・最高裁平成12年3月24日判決(民集54巻3号1155頁〈第1次電通事件〉)
労働経済判例速報2019.9.20
【年度の一部を育児休業した職員に対する昇給不実施が育児介護休業法で禁止される不利益取扱いに当たると判断された例】大阪地裁平成31年4月24日判決〈学校法人 近畿大学事件〉
第1 事案の概要
原告(以下、「X」という。)は、被告(近畿大学等を運営する学校法人。以下、「Y」という。)との労働契約に基づき、近畿大学に講師として勤務していたが、平成27年11月1日から平成28年7月31日まで育児休業を取得したところ、Yの規定により上記期間を昇給のために必要な期間に参入されなかった(平成29年1月1日改正される前の近畿大学教職員の育児休業に関する規定(以下、「本件規定」という。)8条)ためにYの給与規定12条に基づく平成28年度の定期昇給がなされなかった。そのため、Xは、本件規定8条による昇給抑制が、育児介護休業法10条の「不利益な取り扱い」に該当し、違法であるとして、Yに対して不法行為に基づく損害賠償請求を求めた事案。
第2 主な争点
本件昇給抑制が、育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」に該当するか。
第3 裁判所の判断
まず、育児休業をした労働者について、当該不就労期間を出勤として取り扱うかどうかは、原則として労使間の合意に委ねられている(最高裁平成15年12月4日第一小法廷判決。東朋学園事件。)ことから、本件規定8条が直ちに育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」に該当するとは言えない。
しかし、Yの給与規定12条は、定期昇給を昇給停止事由がない限り在籍年数の経過に基づき一律に実施するとしており、年功賃金的な考え方を採用している。他方、本件規定8条は、昇給基準日前の1年間のうち一部でも育児休業した職員に対し、当該年度に係る昇給の機会を一切与えないというものであり、上記定期昇給の趣旨と合致しない。さらに、このような昇給不実施による不利益は、上記のようなYの昇給制度においては将来的にも昇給の遅れとして継続し、その程度が増大する性質を有する。そうすると、少なくとも、定期昇給日の前年度のうち一部の期間のみ育児休業をした職員に対し、本件規定8条及び上記給与規定12条をそのまま適用して定期昇給させないとする取り扱いは、当該職員に対し、育児休業をしたことを理由に当該休業期間に不就労であったことによる効果以上の不利益を与えるものであって、育児介護休業法10条の「不利益な取扱い」に該当する。そのため、YがXの育児休業を理由に定期昇給の措置をとらなかったことは育児介護休業法10条に違反する。
なお、近畿大学教職員組合が、Xが育児休業を取得する以前から本件規定8条が育児介護休業法10条に違反していることを理由に改正を求めていたことからすると、上記のようなYの育児介護休業法10条違反の行為について、Yには少なくとも過失が認められる。
第4 結語
以上より、本件昇給抑制は、育児介護休業法10条に違反し、不法行為法上違法な対応であったというべきであって、Yは同行為についてXに対する不法行為責任を免れることはできないとした。
なお、Xは、Yが平成29年4月1日に減年調整を実施しなかったこと等についても不法行為が成立する旨主張していたが、これらの点については、Yの裁量の範囲内として、不法行為法上違法は認められないとした。
※参考判例
・最高裁平成15年12月4日判決(民集212号87頁。〈東朋学園事件〉)
・最高裁平成26年10月23日判決(民集68巻8号1270頁。〈広島中央保険生協(C生協病院)事件〉)