労働判例⑳(辻・本郷税理士法人事件、甲信用金庫事件、Y歯科医院事件)

労働判例⑳(辻・本郷税理士法人事件、甲信用金庫事件、Y歯科医院事件)

2020/10/03 労働判例

労働経済判例速報2020.6.20

【パワーハラスメントを理由とする懲戒処分(訓戒)が有効とされた例】⇒東京地裁令和元年11月7日判決〈辻・本郷税理士法人事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 被告(以下「Y」という)は、平成29年6月15日、原告(以下「X」という)によるパワハラ行為について匿名の通報を受けた。そこで、Yは、顧問弁護士にそのパワハラの実態について調査を依頼し、その後、当該弁護士は、調査報告書(以下「本件報告書」という)を提出した。本件報告書に基づき、Yは、Xに対して、部下への差別的言動および注意の態様などを理由に訓戒の懲戒処分を行った。これに対して、Xは、本件処分は杜撰な調査による懲戒権の濫用であり無効であると主張するとともに、不法行為に基づく損害賠償請求権として200万円および遅延損害金の支払いを求めて訴えを提起した。

主な争点は、本件無効確認の訴えの利益の有無、本件懲戒処分の有効性である。

第2 裁判所の判断

1 訴えの利益

 Xは、本件懲戒処分の無効確認を求めるとともに、本件懲戒処分が違法・無効であることを前提に、給付訴訟として不法行為に基づく損害賠償請求をしているのであり、無効確認の訴えにより過去の法律関係を確認することが、本件紛争の直接かつ抜本的な解決のために最も適切かつ必要な方法と認めることはできない。また、本件懲戒処分により、Xに具体的な不利益が生じているとはいえず、人事面においても具体的な不利益が生じるというべき事実は認められない。よって、確認の利益を欠く。

2 本件懲戒処分の有効性

⑴ 懲戒事由

 まず、本件報告書は、Yの顧問弁護士がYの依頼により作成したものであるが、当該弁護士は、Yから事前に意見を聞くことなく調査を開始しており、Xの部署だけではなく他の部署の従業員からも事情聴取を行っている。このような調査方法はXの部署の人間関係にとらわれない方法による調査であるといえ、調査方法に中立性公平性を欠くような方法が用いられたという具体的事情はないし、記載内容にも特段不自然不合理な点はない。よって、本件報告書は信用できる。

 そして、本件報告書によると、Xは韓国籍の部下に対して、「あなた何歳の時に日本に来たんだっけ?日本語理解してる?」などと、国籍に関する差別的言動を行っていること、Xが部下を自己の席の横に立たせた状態で叱責し、部署全体に聞こえるような大きな声で執拗に叱責したことが認められる。これらは、職場の優位性を背景に業務の適正な範囲を超えて精神的、身体的苦痛を与え、または職場環境を悪化させる行為をしたものとして、Yの就業規則所定のパワハラに当たる。

⑵ 懲戒処分の手続き

 Yの就業規則においては、懲戒を行う場合は、事前に本人の釈明、または弁明の機会を与えるものとする旨の規定があるのみであり、釈明の機会を付与する方法については何ら定められていない。そして、本件懲戒処分に先立ち行われた本件調査は、法的判断に関する専門的知見を有し、中立的な立場にある弁護士がYから依頼を受けて行ったものであるから、釈明の機会の付与の方法として適切な方法がとられたということができ、Yの就業規則上必要とされる手続きは履践されたというべきである。

第3 結語

 以上より、本件懲戒処分の無効確認を求める部分は不適法であるため却下し、その余の請求については理由がなく棄却する。

〈参考〉

・職場におけるハラスメント関係指針

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/symposium_siryo_2.pdf

【パワハラ行為が認定されず損害賠償請求が棄却された例】⇒東京地裁令和元年10月29日判決〈甲信用金庫事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 被告(以下「Y」という)の従業員であった原告(以下「X」という)が、Yへの在籍当時(平成23年4月入庫、平成27年8月31日退職)、上司(以下「A」という)からパワハラを継続して受けたことにより精神疾患を発症し、Yには使用者としての職場環境配慮義務の違反があったと主張して、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として1654万1096円及び遅延損害金の支払いを求めた事案。

 主な争点は、以下のX主張の本件パワハラ①~⑤をはじめとしたパワハラの有無である。なお、Aは、いずれも否認している。

 ①Aは、平成26年12月8日午後6時ころから午後8時頃まで、Xに対し、「年金獲得に俺は命をかけてきた。俺のやり方は絶対に間違っていない。なんでお前ら俺が言ったことができないんだよ。死ぬ気でやってみろよ。命がけで仕事するんだよ。今日寝なくていいから。一日くらい寝なくても死なないから、明日までに決意書書いてこい。」と発言し、Xは、翌朝までに「決意」と題する書面を作成し提出することを強制された。

 ②Aは、平成27年1月8日後6時から午後8時頃まで、Xに対し、「今回も目標が達成できてないのか。返事もしないし、お前らやる気があるのか。何がしたいんだよ。お前ら本気を見せろよ。お前らの営業成績が不振のおかげで支店の成績が落ちまくってて支店長のメンツがつぶれているんだよ。自分の命かけてやって来いよ。今年も同じような成績では許さないからな。明日まで必ず全員新年の抱負を決意書として書いてこい。」と発言し、Xは、翌朝までに「新年の抱負」と題する決意書を作成して提出することを強いられた。

 ③Aは、同年5月12日午前9時から10時頃まで、Xに対し、「今月も目標が達成できそうにないじゃないか。自分の命を懸けてやるんだよ。仕事に楽しさなんていらないんだよ。苦しんで苦しんで、これでもかってくらい自分を追い込むんだよ。休日でもどこを営業で回るのか、絶対に達成するんだという気持ちを持って考えるんだよ。」と発言した。

 ④Xが、同月15日午後6時から午後7時頃、Aに対して退職の意思を伝えた際、AはXに対し、「安易に退職という逃げ道を選ぶなよ。仕事は苦しんで苦しんでやるものなんだよ。退職を考えるんじゃなくて、どうしたら営業成績が上がるのかを考えろよ。」と発言し、Xの退職を認めなかった。

 ⑤Aは、同月21日午後6時から午後7時頃、Xに対して、「どうしてすぐ諦めるのか。仕事に楽なものなどない。部下が辞めることは支店長の評価にも影響が出るんだよ。退職の件は聞かなかったことにする。もう一度考え直してこい。」と発言し、退職を撤回するよう勧告した。

第2 裁判所の判断

 まず、本件パワハラ①について、Xの供述を裏付ける客観的な証拠はなく、本件決意書の記載内容等を考慮しても、AのXに対するような発言があったことを推知することはできず、直ちに本件パワハラ①の事実が推認されるものではない。また、Aの退館記録等をみると、その時間帯にそのようなことが行われていたこと自体に疑念もある。

 本件パワハラ②についても、Xの供述を裏付ける客観的な証拠は存在しない上、本件抱負書の記載内容等からも、直ちに本件パワハラ②の事実が推認されるものとはいえない。

 本件パワハラ③について、Xと同僚等とのメッセージのやり取りの中で、XがAに怒られたこと、支店長によるパワハラについて触れられてはいるものの、それぞれの具体的状況については判然とせず、Aの具体的な言動を推知することはできず、直ちに本件パワハラ③の事実が推認されるものとはいえない。

 本件パワハラ④、⑤について、確かに、Xと同僚とのメッセージのやりとりの中で、XがAに対して退職の意向を伝えたこと、AがXの退職の意向を了承しなかったことがうかがわれる。しかし、Aが慰留というべき程度を超えて、Xに対し、本件パワハラ④⑤のような違法な言動をした事実を推認することができる客観的な証拠等は見当たらない。

 以上の検討のほか、XがYに対して初めて損害賠償を求めたのは、平成30年1月9日であり、Yを退職してから2年以上も経過した時期のことであること、Yの人事部によるXとの面談記録の存在等の諸事情を総合考慮すると、上記各パワハラ行為を否定するAの供述が虚偽であると断ずるだけの客観的な根拠は見当たらないというべきであり、本件パワハラ行為についてのXの供述はにわかに信用できない。したがって、AにおいてXに対する業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動があったものと認めることはできず、他に本件パワハラ行為の事実を認めるに足りる証拠はない。

第3 結語

 よって、Xの請求には理由がない。

【安全配慮義務違反と過重労働による自殺との間に因果関係が認められた例】 ⇒福岡地裁平成31年4月16日判決〈Y歯科医院事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 A(以下「亡A」という)は、平成元年4月、歯科技工士として被告(以下「Y」という)歯科医院に就職し、勤務していたが、平成26年4月8日午前3時頃、自殺した。亡Aの両親である原告(以下「X」という)らは、亡AがY歯科医院における過重な労働等により精神疾患に罹患し自殺に至ったと主張して、不法行為又は債務不履行に基づいてXらそれぞれにつき2549万2279円の損害賠償および遅延損害金の支払いを求めた。

 主な争点は、①亡Aの業務の過重性および業務と死亡との間の因果関係、②安全配慮義務違反の有無である。

第2 裁判所の判断

1 亡Aの死亡前6か月の時間外労働は、死亡の4か月前を除き、いずれも145時間を超えており、亡Aの業務は恒常的な長時間労働であったといえる。これに加え、亡AはYから業務に関して日常的に叱責を受けており、平成23年1月からは、基本給を月額10万円に引き下げられていた上、時間外に業務に従事しても時間外労働に対する割増賃金は一切支払われず、加えて、Yの妻に依頼されて金融機関から300万円の借り入れまでさせられていた。これらのことからすると、亡Aには、精神的に強い負荷がかかっていたことが推認される。そして、亡Aの業務外の私生活等において、精神的、身体的に強い負荷がかかるような事情は認められない。

 したがって、亡Aは、Y歯科医院において過重な労働に従事し、十分な睡眠時間や休日が取れなかったために、遅くとも平成26年4月にはうつ病を発症し、自殺するに至ったと認められる。よって、亡Aの業務と鬱病の発症、死亡との間には、相当因果関係が認められる。

2 Yは雇用契約に付随する義務として、使用者としての労働者の生命、身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負い、その具体的内容として、労働時間を適切に管理し、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する業務時間及び作業内容の軽減等適切な措置をとるべき義務を負っている。

 本件でYは、従業員の労働時間を客観的資料に基づいて把握しておらず、労働時間を把握するための措置も特段講じていなかったのであるから、Yによる労働管理は不十分であったというほかない。そのため、Yは亡Aの労働時間を適正に管理する義務を怠っていたというべきである。

 そして、長時間労働や過重な労働により、疲労やストレス等が過度に蓄積し、労働者が心身の健康を損ない、時には自殺を招来する危険があることは、周知の事実である。そうすると、Yは、亡Aの労働時間を適正に管理しない結果、同人が長時間労働に従事して死亡に至ることを予見することが可能であったというべきである。これに対して、Yは、亡Aが時間外労働に従事していたことを否定あるいは、認識できなかった旨の主張をしているが、死亡前の亡Aの様子等からすると、この点に関するYの主張は採用できない。

 したがって、Yは、亡Aの労働時間を適切に管理せず、長時間労働に従事させたものであるから、安全配慮義務違反が認められ、Yの安全配慮義務違反と亡Aの死亡との間には、因果関係が認められる。

第3 結語

 以上より、Xらは亡Aに生じた損害の合計額(逸失利益及び慰謝料。4505万0636円。)を2分の1ずつ相続し、これに、葬儀費用、両親固有の慰謝料を加え、遺族補償年金の受給額を差し引き、弁護士費用を加えると、本件で認められるXらの損害の総額は、Xらそれぞれにつき、2109万2279円となる。なお、本件で過失相殺を認めるべき事情はない。

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