労働判例⑱(インタアクト事件、学校法人Y学園事件(控訴審))

労働判例⑱(インタアクト事件、学校法人Y学園事件(控訴審))

2020/08/22 労働判例

労働経済判例速報2020年5月20日号

【業務引継ぎの懈怠等を理由とした退職金不支給について、勤続の功を抹消するほどの著しい背信行為とはいえないとされた例】⇒東京地裁令和元年9月27日判決〈インタアクト事件〉

第1 事案の概要及び主な争点

 原告(以下「X」という)は、被告(以下「Y」という)との間で、労働契約を締結していたが、平成28年12月9日、退職した。その後、Xは、平成28年度冬期の賞与が未払いであるとして、労働契約に基づく賞与支払請求権として48万9600円およびこれに対する遅延損害金の支払いを求めるとともに、Yを退職したのに退職金が支払われていないとして、退職金規定に基づき退職金69万5864円およびこれに対する遅延損害金の支払いを求めた。主な争点は、①賞与支給日在籍要件充足の有無及び賞与額、②退職金不支給要件該当性である。

第2 裁判所の判断

1 Yの賞与管理規程上、賞与は支給日に在籍している社員に対して支払われるものとされているところ、平成28年度冬期の賞与支給日は12月13日であった。Xは、12月9日に退職していたのであり、支給日にYに在職している社員に該当しない。また、Xは、冬期賞与の支給日は例年12月9日以前であった旨主張するが、必ずしもそうではなく、そのほかにYがXを支給日在籍社員として取り扱わないことが権利濫用に該当することを裏付ける事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、XはYに対して賞与を請求する権利を有しない。

2 Yの就業規則には、懲戒解雇事由に相当する背信行為を行った者には、退職金の全額を支給しないとする内容の退職金不支給条項があるが、退職金が賃金の後払い的性格を有しており、労基法上の賃金に該当すると解されることからすれば、退職金を不支給とすることができるのは、労働者の勤続の功を抹消ないし減殺してしまうほどの著しい背信行為があった場合に限られると解すべきである。

 本件で、Yは、Xが中心的ないし単独で担当していた各種業務に関して、引継ぎを行わずに退職したことをもって懲戒解雇事由に該当すると主張するが、それらの事情が直ちに懲戒解雇事由に該当するとはいえない。仮に、該当しうるものがあったとしても、その内容はXが担当していた業務遂行に関する問題であってYの組織維持に直接影響するものであったり刑事処罰の対象となるようなものではない。他方で、Yは従業員の執務体制や執務環境に関する適切な対応を行っていなかった。さらには、Xにおいて、職場における人間関係に問題があったこと、対面による引継ぎ行為に代えて書面による引継ぎ行為は行っていることなどの本件における全事情を総合考慮すると、XにおいてYにおける勤続の功を抹消してしまうほどの著しい背信行為があったとは評価できない。

 したがって、Yは、Xに対して退職金を支払う義務を負い、その支払期限は、退職後3か月以内の平成29年3月8日である。

第3 結語

 よって、Xの請求は、退職金規定に基づき退職金69万5864円およびこれに対する遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。

〈参考判例〉

・最高裁昭和43年5月28日判決『住友化学事件』
 就業規則においてその支給条件があらかじめ明確に規定され、会社が当然に支払い義務を負う退職金は、労基法11条の「労働の対償」としての賃金に該当し、その支払については労基法24条の諸原則が適用される。

・東京高裁平成15年12月11日判決『小田急電鉄事件』
 賃金の後払い的要素の強い退職金について,その退職金全額を不支給とするには,それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要である。ことに,それが,業務上の横領や背任など,会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には,それが会社の名誉信用を著しく害し,会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど,上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解される。このような事情がないにもかかわらず,会社と直接関係のない非違行為を理由に,退職金の全額を不支給とすることは,経済的にみて過酷な処分というべきであり,不利益処分一般に要求される比例原則にも反すると考えられる。

【懲戒処分歴を理由とした定年後再雇用拒否を無効とした原審判決が維持された例】⇒名古屋高裁令和2年1月23日判決〈学校法人Y学園事件(控訴審)〉

第1 事案の概要及び主な争点

 控訴人(被告。以下「Y」という)が設置するZ大学の教授であり、平成29年3月31日をもって定年に達した被控訴人(原告。以下「X」という)が、Yに対して、YがXの再雇用を拒否したことは正当な理由を欠き無効であり、YとXとの間で再雇用契約が成立していると主張し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、当該雇用契約に基づいて、平成29年4月から賃金月額75万5040円の支払いを求め、また、無効な懲戒処分・再雇用拒否によって精神的苦痛を被ったとして不法行為に基づき慰謝料500万円の支払いを求めた。原審は、Xの地位確認請求を認めるとともに、賃金支払請求を月額63万0700円の限度で、慰謝料請求を50万円の限度で認めたが、Yが控訴し、Xが付帯控訴した。なお、Xは付帯控訴に係る不服申し立ての範囲を慰謝料請求に限定している。控訴審における主な争点は、大学の自治と司法審査の範囲及び慰謝料請求の内容である。

第2 裁判所の判断

1 Yは、懲戒処分は純然たる大学内部の問題として一般市民法秩序と直接の関係を有するものではない旨主張し、仮に司法審査の対象となるとしても、Yには合理的な裁量が認められると主張する。しかし、Xの請求は、本件懲戒処分が無効であることを前提に、雇用契約上の地位を有することの確認、同契約に基づく賃金支払い及び不法行為に基づく損害賠償を求めるものであるから、一般市民法秩序に直接の関係を有し、Yの単なる内部規律の問題にとどまらないことは明らかである。

2 慰謝料請求について、Xは、平成29年度の再任用が認められなかったことにより、Z大学名誉教授の称号が授与されることもなくなった旨主張する。しかし、本件懲戒処分が無効であって、Xについて再任用規程の欠格事由がなく、定年後も再任用されたのと同様の雇用関係が存続しているのであるから、Xに対してZ大学名誉教授の称号が授与されるかどうかは、本判決確定後にYにおいて判断されるべきものであり、現時点において上記称号授与の可能性の有無を慰謝料額算定の要素として考慮するのは相当でないというべきである。

3 なお、懲戒事由該当性については、原審の判断を引用し、Yの補充主張を採用せず、懲戒処分の相当性については、懲戒事由該当性を否定している以上、判断を要しないとしている。

第3 結語

 以上より、原判決は相当であって、本件控訴及び本件付帯控訴は理由がないから、これらをいずれも棄却する。

〈原審〉名古屋地裁令和元年7月30日判決(労働経済判例速報2019.11.10号)

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