最高裁平成29年12月6日大法廷判決(NHK受信契約制度の合憲性)について解説しました

世間の注目を集めた、NHK受信料制度の憲法適合性に関する判決が最高裁判所の大法廷にて言い渡されました。
その最高裁大法廷判決の内容を紹介したいと思います。

まず、最大の疑問点は、以下の2点だと思います。
①受信契約を締結していないのに受信料を支払わなければならないのはなぜ?

②受信契約の承諾を義務づける判決が確定した場合、なぜ契約成立前に遡って受信料を支払わなければならないの?

結論からすると、最高裁判所の多数意見によれば、その根拠は以下のとおりとなると考えられます。
①については、放送法64条1項にて受信契約の締結が義務付けられており、その受信契約の内容はNHKの定める放送受信規約のとおりであり、その規約に受信料の支払義務が定められているから

②については、受信設備の設置の時からの受信料を支払う義務を負うという内容の契約が、判決確定の日に成立する(契約成立前からの受信料分も支払いますよという契約が成立した)から

判決の内容の整理に入る前に、今回の判決は最高裁判所の「大法廷」で下されましたが、そもそも「大法廷」とは何かを説明します。

【最高裁判所の大法廷とは】

 最高裁判所には、「大法廷」と3つの「小法廷」があります。最高裁判所には、最高裁判所長官を含む15人の裁判官がいますが、この裁判官全員で構成するのが大法廷、そのうち5人の裁判官で構成するのが小法廷です。最高裁判所に係属するすべての事件は、一旦小法廷で審理して、ほとんどの事件が小法廷の審理及び裁判で終了します。小法廷で審理した事件の中で、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するときなどに限って、事件を大法廷に移して審理及び裁判をすることになります。

 

今回の事件は、放送法64条第1項という法律が憲法に適合しているか否かが初めて争われ、社会的な注目も集めたことから、大法廷に移されました。


まずは、最高裁判所のホームページに掲載されている判示事項(判決の内容をまとめたもの)を紹介します。

【判示事項】

  1. 放送法64条1項は、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり、日本放送協会からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には、その者に対して承諾の意思表示を命ずる判決の確定によって受信契約が成立する

  2. 放送法64条1項は、同法に定められた日本放送協会の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして、憲法13条、21条、29条に違反しない

  3. 受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により受信契約が成立した場合、同契約に基づき、受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生する

  4. 受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権の消滅時効は、受信契約成立時から進行する

今回は、放送法64条1項の合憲性が争われたので、放送法64条1項もあわせて掲載しておきます。

【放送法64条1項】

(受信契約及び受信料)
協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。第百二十六条第一項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。

 


それでは、最高裁判所大法廷判決の多数意見の内容をまとめていきます。

【多数意見の内容】

(1)放送法64条1項の意義

→以下のとおり判示して、放送法64条1項が単なる訓示規定ではなく、法的義務(契約締結の強制力を生じるもの)であることを確認。

「原告(注:NHK)の存立の意義及び原告の事業運営の財源を受信料によって賄うこととしている趣旨が、…国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与することを究極的な目的とし、そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろうとするものであることに加え、…放送法の制定・施行に際しては、旧法下において実質的に聴取契約の締結を強制するものであった受信設備設置の許可制度が廃止されるものとされていたことをも踏まえると、放送法64条1項は、原告の財政的基盤を確保するための法的に実効性のある手段として設けられたものと解されるのであり、法的強制力を持たない規定として定められたとみるのは困難である。」(注書は作成者追記)

(2)受信契約

→受信設備の設置やNHKからの一方的な申込によって受信料の支払義務が発生するものではなく、受信契約の締結(両者の合意)が必要であることを確認。契約締結を拒否した場合には、NHKの契約申込を承諾する意思表示を命じる判決を求めることができ、その判決の確定によって契約が成立する。

「放送法64条1項が、受信設備設置者は原告と「その放送の受信についての契約をしなければならない」と規定していることからすると、放送法は、受信料の支払義務を、受信設備を設置することのみによって発生させたり、原告から受信設備設置者への一方的な申込みによって発生させたりするのではなく、受信契約の締結、すなわち原告と受信設備設置者との間の合意によって発生させることとしたものであることは明らかといえる。」
「放送法64条1項は、受信設備設置者に対し受信契約の締結を強制する旨を定めた規定であり、原告からの受信契約の申込みに対して受信設備設置者が承諾をしない場合には、原告がその者に対して承諾の意思表示を命ずる判決を求め、その判決の確定によって受信契約が成立すると解するのが相当である。」

(3)受信料制度の合憲性

→放送法64条1項による契約締結強制の制度は、憲法21条の保証する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的な制度であるから、立法裁量の範囲内である(違憲審査基準は、立法内容が目的達成に必要かつ合理的であるといえるかで判断)。したがって、放送法64条1項は、憲法13条・21条・29条に反しない。

「被告(注:NHKより受信料を請求された者)の論旨は、受信設備設置者に受信契約の締結を強制する放送法64条1項は、契約の自由、知る権利及び財産権等を侵害し、憲法13条、21条、29条に違反する旨をいう。」
(その趣旨は、)「放送法が、原告を存立させてその財政的基盤を受信設備設置者に負担させる受信料により確保するものとしていることが憲法上許容されるかという問題であり」、それが「許容されるとした場合に、受信料を負担させるに当たって受信契約の締結強制という方法を採ることが憲法上許容されるかという問題であるといえる。」

「放送事業及び放送の受信は、…日本国憲法下において、…具体的にいかなる制度を構築するのが適切であるかについては、憲法上一義的に定まるものではなく、憲法21条の趣旨を具体化する前記の放送法の目的を実現するのにふさわしい制度を、国会において検討して定めることとなり、そこには、その意味での立法裁量が認められてしかるべきであるといえる。
そして、公共放送事業者と民間放送事業者との二本立て体制の下において、(注:NHKの設立及び受信料制度は)、憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に充足すべく採用され、その目的にかなう合理的なものであると解されるのであり、かつ、放送をめぐる環境の変化が生じつつあるとしても、なおその合理性が今日までに失われたとする事情も見いだせないのであるから、これが憲法上許容される立法裁量の範囲内にあることは、明らかというべきである。」

(放送法が定める)「受信契約の内容は、同法に定められた原告の目的にかなうものとして、受信契約の締結強制の趣旨に照らして適正なもので受信設備設置者間の公平が図られていることを要するものであり、放送法64条1項は、受信設備設置者に対し、上記のような内容の受信契約の締結を強制するにとどまると解されるから、前記の同法の目的を達成するのに必要かつ合理的な範囲内のものとして、憲法上許容されるというべきである。」
「以上によると、放送法64条1項は、同法に定められた原告の目的にかなう適正・公平な受信料徴収のために必要な内容の受信契約の締結を強制する旨を定めたものとして、憲法13条、21条、29条に違反するものではないというべきである。 」(注書は作成者追記)

(4)支払義務

→受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生じるとする放送受信規約の内容は必要かつ合理的であり。放送法の目的に沿うものであるから、それが受信契約の内容となる。

「放送受信規約には、前記のとおり、受信契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない旨の条項(・・・)がある。前記のとおり、受信料は、受信設備設置者から広く公平に徴収されるべきものであるところ、同じ時期に受信設備を設置しながら、放送法64条1項に従い設置後速やかに受信契約を締結した者と、その締結を遅延した者との間で、支払うべき受信料の範囲に差異が生ずるのは公平とはいえないから、受信契約の成立によって受信設備の設置の月からの受信料債権が生ずるものとする上記条項は、受信設備設置者間の公平を図る上で必要かつ合理的であり、放送法の目的に沿うものといえる。
したがって、上記条項を含む受信契約の申込みに対する承諾の意思表示を命ずる判決の確定により同契約が成立した場合、同契約に基づき、受信設備の設置の月以降の分の受信料債権が発生するというべきである。」

(5)消滅時効の起算点

→受信契約が成立する前には、NHKは受信料債権を行使することはできないから消滅時効は進行せず、受信契約成立時から消滅時効が進行する。受信契約を締結したまま受信料を支払わない者と受信契約を締結せずに受信料を支払わない者との間で、消滅時効の起算点が異なるが、受信契約を締結する義務がありながら、それを通知していないのであるから、それはやむを得ないことである。

「消滅時効は、権利を行使することができる時から進行する(民法166条1項)ところ、受信料債権は受信契約に基づき発生するものであるから、受信契約が成立する前においては、原告は、受信料債権を行使することができないといえる。…通常は、受信設備設置者が原告に対し受信設備を設置した旨を通知しない限り、原告が受信設備設置者の存在を速やかに把握することは困難であると考えられ、他方、受信設備設置者は放送法64条1項により受信契約を締結する義務を負うのであるから、受信契約を締結していない者について、これを締結した者と異なり、受信料債権が時効消滅する余地がないのもやむを得ないというべきである。
したがって、受信契約に基づき発生する受信設備の設置の月以降の分の受信料債権(受信契約成立後に履行期が到来するものを除く。)の消滅時効は、受信契約成立時から進行するものと解するのが相当である。」

 


以下では、最高裁判所大法廷判決の補足意見、反対意見の骨子及び内容を見ていきます。

【岡部喜代子裁判官の補足意見】

 受信料債権が発生する根拠を整理した上で、情報摂取の自由に含まれる情報を摂取しない自由(情報を摂取することを強制されない自由)との関係でも、現在の放送法の意義に鑑みれば制度は合理的である点を指摘。

【鬼丸かおる裁判官の補足意見】

 受信契約の締結強制は契約締結自由の大原則の例外である。本来は受信契約の内容も含めて法定されることが望ましい(現在の放送受信規約に疑義があることを指摘)。

【小池裕、菅野博之裁判官の補足意見】

 木内道祥裁判官の反対意見に対する反論として示された補足意見。

【木内道祥裁判官の反対意見】

→反対意見も放送法64条1項が違憲であるとは言っていません。ただ、現在の放送受信規約の内容を前提とする受信契約の承諾の意思表示を命じる判決はできないとしています。そして、受信料の支払義務は受信契約の成立によって初めて発生する義務であるから、受信料は契約成立後にしか発生しないとします(他方、多数意見は、受信契約の内容となる放送受信規約の内容を合理的に解釈して、「受信設備を設置した時から受信料を支払うこと」を内容とする契約が成立したものとしています)。
そして、受信契約を締結している者と受信契約を締結しないまま受信設備を設置していた者との不均衡は、不法行為に基づく損害賠償請求や不当利得返還請求によって是正されるべきであるとします。

・放送法64条1項が定める契約締結義務については、多数意見と異なり、意思表示を命ずる判決を求めることのできる性質のものではない
・判決によって受信契約を成立させようとしても、契約成立時点を受信設備設置時に遡及させることはできない(放送受信規約のいう受信設備設置の時点での受信契約の成立ということがあり得ない)、また、判決が承諾を命ずるのに必要とされる契約内容(契約主体、契約の種別等)の特定を行うことはできず受信設備を廃止した受信設備設置者に適切な対応をすることも不可能である
・契約の成立時を遡及させることができない以上、判決が契約前の時期の受信料の支払義務を生じさせるとすれば、それは、承諾の意思表示を命ずるのではなく義務負担を命ずることになる。これは、放送法が契約締結の義務を定めたものではあるが受信料支払義務を定めたものではないことに矛盾するものである。
・不法行為でも行為時から20年で債権者の知不知にかかわらず消滅時効が成立し、不当利得返還義務でも発生から10年の経過により、債権者の知不知にかかわらず消滅時効が成立するのに、判決確定により受信契約が成立するまで永続的に消滅時効が進行しないということは均衡を欠く
・受信契約の締結なく受信設備を設置することは、原告の「受信契約を締結せずに受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態が生じない利益」を侵害することになり、それに故意過失があれば、不法行為が成立し、それによって原告に生ずる損害については、受信設備設置者に損害賠償責任が認められると解される。 同様に「受信設備を設置し原告の放送を受信しうる状態となること」は、受信設備設置者にとって、原告の役務による利益であり、受信契約という法律上の原因を欠くものである。それによって原告に及ぼされる損失については、受信設備設置者の不当利得返還義務が認められる。

【コメント】

いずれの意見でも、受信設備を設置しながら受信料を支払わなくてもよいと解することはできない点は共通であり、放送法の合憲性が確認されたことで支払拒絶に対する訴訟提起が今後増加することが考えられます。但し、現状の放送受信規約は最高裁判所の整理とは齟齬する点があることや、疑義が生じる点があることは、補足意見や反対意見で指摘されているとおりなので、NHK側でも放送受信規約を早々に改訂する必要があると思料します。

以 上