最高裁判所平成29年11月29日大法廷判決は、強制わいせつ罪(刑法176条)の成否にあたり、行為者の性的意図を必要としない旨の判例変更を行いました。最高裁判所15名の裁判官全員一致の判決です(裁判長は寺田逸郎長官)。
最高裁判所昭和45年1月29日第一小法廷判決が、強制わいせつ罪の成否について、故意以外の主観的要件として行為者の性的意図を必要としていたことに対し、この判例を変更したものです。
本年度の最高裁判所の判決の中でも重要な判決の一つとなります。
以下では、判例変更をした今回の最高裁判決と、変更前の最高裁判決を比較してご紹介します。
【最高裁判所昭和45年1月29日第一小法廷判決(刑集24巻1号1頁)】
(事案)
報復目的で、被害者を脅迫した上で裸にして写真撮影をした行為について強制わいせつの成否が争われた事案
(判旨)
「刑法176条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行われることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても、これが専ら婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の犯罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しない」
最高裁昭和45年判決は、強制わいせつ罪を一定の内心的傾向が行為の違法性を決定する犯罪であると考えて、性的意図を必要としていました。(学説では「傾向犯」という犯罪類型と整理されています)
学説では、強制わいせつ罪の保護法益は性的自己決定の自由と考えれば、法益侵害の違法性が、行為者の主観的に意図によって左右されるのはことはない、として批判もありました。
【最高裁判所平成29年11月29日大法廷判決】
(事案)
被告人が別の男性から金を借りる条件として、児童ポルノ送信を強要され、女児の体を触るなどして、それを撮影した行為につき、強制わいせつの成否が争われた事案
(判旨)
「今日では、強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては、被害者の受けた性的な被害の有無やその内容、程度にこそ目を向けるべきであって、行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は、その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず、もはや維持し難い。 」
「したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして、行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし、そのような場合があるとしても、故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく、昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。 」
今回の大法廷判決は、性的意図等の主観的事情を判断要素として考慮要素とすべき場合があることは否定できないものの、故意以外の主観的要件として一律に性的意図を必要とはしないこととしました。
背景には、理論的な問題だけでなく、性犯罪が社会の中でどのように受け止められているかによって処罰範囲が決せられるという特徴があることから、昨今の性犯罪に対する社会の規範意識の高まりや重罰化の影響を受けて判例変更したとのことです。
ちなみに現行の強制わいせつ罪は、法定刑が6月以上10年以下となっています。